このレビューはネタバレを含みます
ジョン・ヒューストン特集にて鑑賞。
原作ジェイムズ・ジョイスの小説「ダブリン市民」の最後の短編「死者たち」を脚色したジョン・ヒューストン監督の遺作。脚本は息子のトニーが担当し、娘のアンジェリカ・ヒューストンが主演している。
物語は、1904年の雪降るクリスマスを迎えたダブリンの街で舞踏会に集まった人々の悲喜交々を描くドラマ。
大学教授のガブリエルと妻のグレタは老齢の叔母姉妹が毎年主催しているクリスマスの舞踏会に遅れてやってきた。大勢の男女が集まり、ダンスや朗読にピアノの演奏、談笑して食事をしたり、和やかで幸福感に満たされたまま宴は終わったが、帰り際に「オーリムの乙女」という歌を聴いた時から、妻グレタの様子がおかしくなる...。
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ヒューストンは原作の台詞の大部分を残し、愛情をこめて映画化。撮影中、当時80歳だったヒューストン監督は、体調が思わしくなく車椅子に乗り、酸素吸入用の管を身体に通し、大半の場面を別室でビデオモニターを見ながらマイクを使ってキャストやクルーに指示を出しつつ演出。一日の労働時間は六時間が限界だったにもかかわらず自らの確固たるヴィジョンを持ったヒューストンは、キャメラの動きや一つ一つの台詞を疎かにせず、俳優たちを叱し、無駄なフィルムは過さず、スケジュール通りに撮影を進行させたという。
そのような限界状態の中で、明快さと純粋さに集中したヒューストン監督が自身の死を予期している様子も作品に反映されて、彼の率直さと冷静さも映画に現れて、格調高い一種の完璧な映画に仕上がっている。
アイルランドの陽気で快活な雰囲気もフィルムにきちんと反映されており、フレッド・マーフィの滑らかなカメラワークも繊細に扱われている。
夫の視点で描かれる妻アンジェリカ・ヒューストンの終盤の告白。遠い昔、互いに想いを寄せていた病弱な少年の記憶と深い後悔と哀しみー。
ジョイスの原作とアイルランドという土地にもまったく明るくない者でも、このクリスマス・パーティー一夜の室内と追想劇を通じて、現在の生と過去の死者の世界の繋がりという深遠なテーマ、これこそがヒューストンが最後に遺した深淵だと気付かされる。終盤からの観念的かつ詩的で美しい演出に心を揺さぶられ、言葉では表せない感情が押し寄せ嗚咽をもらして泣いた。