ザ・デッド/「ダブリン市民」よりの作品情報・感想・評価

「ザ・デッド/「ダブリン市民」より」に投稿された感想・評価

イシ

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4.5
この映画がヒューストンの遺作になって、よかったなあと思った。
また見たいな。
natsu

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3.5
パーティーの最中に階段を上がり、想い出の品々を眺めてまわるのは、もうこの世にはいない人達か?ゲイブリエルの独白はポエムのように心にしみます。
Hayato

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短編で読んだ時より時代背景への理解が深くなってる分楽しかった。
まぁそれがなくても十分成立するのがジョイスらしいアイルランドの見せ方なんだよね
yadakor

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3.0
比較的上流階級であろう人たちがパーティを楽しむが、パーティ後そういった物質的豊かさに対し明示的に批判を加えられていて、最後にはかなり切ない仕上がりになっている
ステンドグラスの前に立つスカーフを巻いた奧さんがマリアに見えるシーンが印象的
何故か急に見たくなった、30年以上前のジョン・ヒューストンの遺作。

20世紀初頭の貴族らの小さなパーティって感じの雰囲気は良かったが、長回しが多くないのにベルイマンやドライヤーの演劇的作品以上に演劇的に思えたのが不思議。

あとカット割りに成瀬やニコラス・レイ的な律儀さがあるからか、場の雰囲気は良いのに詩情が感じられず、出来損ないのオリヴェイラ作品みたいな印象になっていたのは勿体無かった。

そんなわけで出来としては遺作として良かったのかどうかは甚だ疑問だが、限定的な舞台っていうのも監督デビュー作のマルタの鷹みたいでそういう意味ではジョン・ヒューストンらしいとは思ったし、子供たちが脚本や主演として関わったものが最期の作品になった点でも芸能一家の人間としては良かったのかもしれない。
hagy

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3.5
ジェームズジョイスの小説の世界のまんまで驚いた
死へと向かう我々の、密かな宴
ninjiro

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4.1
遠い昔に置いてきた我が身と共にある想い出。
故郷であり、家族であり、初恋であり、苦悩であり、懐かしい原風景とともにある我が身は若々しくも、影も無き無垢な白に見えながら、路傍に積まれた雪に同じく、時を経て内包する黒い土くれだけを残して消えゆくもの。
ジョン・ヒューストンの遺作として知られる本作は、ジェイムズ・ジョイスの初期短編集「ダブリン市民」の一篇、「死者たち」を原作とする小品。1904年ダブリンの旧家で催されるささやかなクリスマスの集い、雪の一夜の出来事。
ジョン・ヒューストンといえば、ハンフリー・ボガードと組んだ一連の往年の作品等で見せた個性とその私生活から、一般に豪放磊落かつ破天荒なイメージの強い人物であるが、この作品はそんな印象とは正反対の繊細さ、静謐さ、朧な神秘さえ秘めている。
年老いた老姉妹が催す心づくしの暖かな招宴、普段は互い音沙汰も少なくなったであろう面々、小さく波立つことはあっても概ね心は穏やかに、今日の日を滞りなく終えることに全ての気持ちは注がれる。語らいも、昔話は華やかに過ぎず、結ばれなかった恋の詩は美しき秘密として、今夜の宴に居ない者、この世に最早居ない者の顔を思い浮かべ、「死者たち」の嘗て生きた喜び哀しみは、集いし生者たちの背に、肩に、瞳の奥に、うっすらと成層する。
この作品を最後の作品として選んだヒューストンの潔き心情に底通する、成熟してもう決して若いとは言えない人々の、彼ら自身を形成する要素とも言える胸に永く秘めたる想いが溢れ出す時、劇中重要な鍵となる歌曲「The Lass of Ocram」の美しさに同期した心は震え、いつしか切っ掛け知らずに心に留めることとなった懐かしい風景を思い出す。

自分自身が存在し得ない地平にも、しんしんと雪は降り積もる。時代を超えた、空間を超えた、優しい諦観に包まれて、暖かな部屋、しっとりと露で濡れた窓から青白い夜を臨み、静かに、穏やかに、想いを馳せる。
No.772[ ]

見た時期が悪いと思いたいが何の感情も湧かなかった。自分でも不思議なくらい、頭が内容を跳ね返したらしい。退屈ではなかったが、もう二度と見ないだろうから、手元にあるジョイスの原作を読んでそっ閉じしようと思う。

多分そんなことは無いだろうけど、感情が湧いてきたら更新するかも。
mk

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3.5
この繊細で優雅な感じ、ジェームズジョイスの原作まんまです!
でもコンコンと降り積もる雪のなか、耳にするアイルランド音楽、訛りは本作でしか味わえないもの。
R

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5.0
すごく好きな映画なので時々見てしまいます、ひさびさの6回目。舞台はアイルランドのダブリン。静かに雪の降るクリスマスの夜。元音楽教師の老姉妹が毎年開いてる親族のパーティーに、今年もみんな集まってくる。終盤までは、パーティーでの人々の立ち振る舞いが、実に手際よく緻密に描かれていく。ピアノに合わせてみんなで踊って、老姉妹の娘がお上手なピアノを披露し、詩の朗読があり、老姉が歌を披露し、みんなで食事をして、昔を懐かしみ…とそれぞれがお互いを思いやりやがら、和やかに、お行儀よく、パーティーが進行していく。政治ネタなどぶつかり合いそうな話題はできるだけ避け、飲みすぎな男たちをうまくまとめて、つつがなくパーティーを終わらせられるようみんなで心を砕く。けれど、実はそれぞれ心に掛かってる心配事があったりする。息子が飲みすぎてハメ外さないかハラハラしたり、食後のスピーチをうまくやるためソワソワ何度も確認したり、なぜか浮かない表情の奥さんがいたり。とはいえ、全体としては、アイルランド伝統のあたたかいおもてなし精神があふれてて、その微笑ましいこと、嬉しいこと。前半はホントそれだけなのに、何なんでしょ、この行間から溢れ出す香り高さ。そんな豊かな団欒が、心の琴線に触れる涙あふるるピークを過ぎ、潮時を迎え、お別れの時間に。別れ間際、テノール歌手が甘い甘いとろけるような美声で、悲しい恋歌を歌いあげ……ここからがスゴいんす! これまでの全てが、実は最後の夫婦の会話と、ラストのモノローグへの伏線となっていたことが明らかになる。妻の吐露する過去の情熱と悲劇に、一転して、自らの存在の意味と、生と死の実相に対峙させられる夫。自分とは何者で、何を為し、何を生きながら死に向かっているのか。思いを馳せると、ほのぼのハッピーだったクリスマスパーティーの隅々に、人生の無常が、はかなさが、染み込んでいた。ひとりひとり順番に、確実に、老いへと、死へと、世界の終わりへと押し流されている。彼らは一体何を感じ、考えながら、生をすり減らしているのか。人間として生きる我々の存在とは一体何なのか。我々は何のために生きるのか。その答えを、本作は提示しません。ひらひらと静かに舞う雪を見つめながら、我々ひとりひとりがそれを考えなければならない。答えを出さなければならない。それとも、彼らと同じように、何もはっきりと分からないまま、ただ時が来るのを待つのみとするか。……と、そんな感じで、最後は前半からは想像もつかない、非常に厳しい終わり方をします。驚きです。素晴らしい。大好きな作品がいくつかあるジョンヒューストン監督の、これが遺作らしい。公開を待たずに亡くなったんだとか。監督は、逝ってしまう前に、自分の人生の答えを見つけたのだろうか。それが、毎度見てて一番気になります。また見ます。
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