映画漬廃人伊波興一

ある過去の行方の映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

ある過去の行方(2013年製作の映画)
4.8
アスガル・アルハーディー「ある過去の行方」は、もし観逃したままなら人生の大きな損失となる、そんな言葉を何の誇張も無く、堂々と言わしめる映画です。

同監督の「別離」を観た時(いかなる賛辞も追いつきようがない)と申しました。
「セールスマン」を観た時(決意ある方なら観るべし、無自覚な方なら近ようるなかれ)と申しました。
「彼女が消えた浜辺」を観た時(逃れようがない痛みを自覚した瞬間を共有しうる数少ない体験)と申しました。

さすがにこうまで来ればわたくし自身よりも5つ齢下のイラン人監督にいささか分相応な嫉妬も隠しきれぬ想いで「ある過去の行方」と対峙いたしました。
そして観る前に奮い立たせていた嫉妬心などものの2~30分で霧消して、今はただ、(まだ観ぬままなら、人生の大きな損失である)といささかの誇張もなしに申し上げたい所です。

私たちは映画の中で、女性たちの微風に乱れる髪、濡れたように光る瞳、そして足までも、時には唇などから安易に発せられる言葉以上に饒舌かつ豊かな表情を備えた記号として接してきた故に、視覚芸術ではなく触覚芸術である、と信じ続けてきました。
人体のパーツ一つ一つが発する言葉を習熟するために映画教育の過程が存在するのだ、言い換えても構いません。

そんな者にとって植物人間状態である病床の妻が(握りしめる手)で発する饒舌以上の触覚を感じとった瞬間、涙ナシで観終えるのは困難なだけです。
それくらいこのラストはスゴイです!