ある過去の行方の作品情報・感想・評価・動画配信

「ある過去の行方」に投稿された感想・評価

yuki

yukiの感想・評価

3.5
以前観賞した「別離」の監督作品✨
もう、なんか息苦しくなる映画😰
離婚して、新しいパートナーと再婚を考えてるストーリーなんだけど‥
元々は、不倫で始まってるから、多感な年頃のお姉ちゃんは、嫌悪感持ってるし💦クリクリヘアの僕ちゃんは、状況の変化に慣れようとするけど、大人達に振り回されて、傷ついてるよな😢
自殺した奥さんの原因をめぐって、話しは進んでくけど‥‥
やっぱり不倫って、周りの人を傷つけるんだよ💢当人は、わかんないだろうけど💨
最後は、奥さんに寄り添うって事なのかな?シーンとしては、美しかったけど💦
PARLIAMENT

PARLIAMENTの感想・評価

5.0
2021 325

「別離」に引き続き、秀逸な脚本で引き込まれる。
impre

impreの感想・評価

-
利害関係の対立する複数の主体が闘っていく様子を通して物語が進んでいくといういつものファルハディ的映画でめっぽう面白い。けど『別離』や『彼女が消えた浜辺』では完璧なまでの巧妙さで散りばめられてた「謎」が、この映画だと観客の興味を引き止めるための撒き餌に見えてしまうところがある。あとラストショットは単体で見たらえげつなく美しいが、物語の方向性とは全く合ってないと思う。
iulet

iuletの感想・評価

4.7
再鑑賞。いつ観ても吸い込まれる。
この映画の教訓として、一人の人間をちゃんと大切にしろということと、正直に物を言いすぎるのはよくないということが控えめにみて取れた。
全体として暗い印象だけどシーンの切り替わりにでかい音なったりなど、構成的に笑えるシーンが結構ある。
MikahJay

MikahJayの感想・評価

3.7
昼ドラみたいな話ですね。個人的には「GTO」を想起させられた。つまり、大人たちの身勝手な事情に振り回される子どもたちが可哀想。5歳なのに、あんなに眉間にしわを寄せちゃってる男の子も不憫だし、思春期ゆえにいろいろ思い悩んであらぬ行動を起こしてしまう長女の気持ちもわかる。でも、一番心配なのは、作中つねに蔑ろにされ続けてきた幼女レア。あの子あのままじゃグレるぞ。

このレビューはネタバレを含みます

離婚調停寸前で2人の娘に会いきたアーマドはそこで妻マリーには既に子持ちの恋人サミールがいる上に彼の子を妊娠し彼の奥さんは自殺未遂で植物状態になっているという複雑極まりないボロボロの関係である事を思い知らされていく映画
リュシーやナイマに非があったとはいえサミールとマリーは元はといえば自分で巻いた種なのによくここまで人の事ボロクソ叩けるよなと思った
ラストで奥さんが手を繋いで意識がある事が発覚して終わるも奥さん治ったら治ったで関係がより地獄になるのが目に見えるアスガー・ファルバディの描き方の巧みさに魅了された
Quizas

Quizasの感想・評価

3.9
 出口がない!


 じゃあ、あの時どうしていれば良かったのか、とかどういう選択肢があれば不幸にならずにすんだのか。はたまた、罪を誰かと少しずつ背負うため全て打ち明けてみればよいのか、過去を解釈し直してみればよいのだろうかだとかそのすべての試みが無意味に思える底無しの虚無感。


 逆にこんなにも上手に救いのない物語を語れるのはすごく難しいことのように思う。完全に徹底して純粋に虚しい。


 『別離』を観てこのファルハディ監督の他の作品もできるだけたくさん見てみたいと思ってみたので、イランからフランスへ移住して生活洋式がイスラム教の文脈を脱した時、イランの人がどんな様子なのか少しは想像できた。

 『別離』の妻シミンがフランス移住に何を見出していたのかを分かっておきたかったので。
 
 前作では大人たちはみな自分の矜持を守るために争っていて、その矜持は家族愛だったり信仰だったり崇高なものだけれど、本作ではイスラム教の要素が抜いた分、ますます名前の付けられない自己の何かのために傷付けられては報復している。
 時にはその大切な自分の尊厳を傷付けられることもよしとせねば、家族として一緒にいられないのだと思う。

 自分の尊厳を傷付けるのは必ずしも他人ではないし、むしろパートナーであることの方が多い。そんなとき傷付けられた尊厳を巡って復讐の応酬をするのではなく、血を流す覚悟で折れてあげて、負けてあげて、汚れてあげて、差し出して、それをパートナーもよくよく理解していることが大事だと思う。


 わたしはよく

「君の感受性にはきっといつまで経っても追いつけない」

「君は優しいから」


 そう言われるたびに孤独に追いやられ、この先に行き着く果てが何なのかについて考え出すと虚無感が遠くの方から"やっほ〜元気〜?呼んだ〜?"って追いかけてくるような気がしてくる笑

 なぜ「優しいこと」が男の人を追い詰めるのか。優しいことはときに暴力的でもあるんでしょうか。時には明瞭な衝突も必要ということなのか、、衝突や対峙の行き着く先はこの映画の中の大人たちではないのか?


 『僕たちは2人でいるために互いに犠牲を払った』と暗黙のうちに同意できる寛容さと諦観が2人を結びつけるのだとつくづく思う。


 この作品の虚無感ももしかしたらその裏返しなのかもしれない。




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 母が亡くなって数年後に父から再婚したいと打ち明けられたことがあった。

 わたしにとって二度目の母の喪失であったけれど、わたしは父が幸せに生きようとする力を取り戻せるならと血を流す覚悟で承諾した。

 しかし血を流す覚悟が無かったのは彼女とその息子たちだった。毎日のように彼女から再婚に際しての葛藤やときには性の話にまで及ぶやり取りが続いた。

 もともとは姉との親交があって始まったやり取りではあったけれど、姉は母の娘としての苦悩と父の娘としての愛情に引き裂かれ見兼ねたわたしが引き受けたことだった。

 彼女はそうすることで再婚相手の娘たちから反対されることを望んでいたようにも思うけれど、わたしは父のためにも、自分の苦痛は呑み込んでできる限り、辛抱強く彼女の感情を鏡のように反射させ寄り添い続けた。

 この女性にとっては残酷だったかもしれない。でも誰か他人同士が幸せになりたい、一緒にいるという決意には代償が伴うのだし、そのことを諦めない限りぬるま湯のような不幸につかり続けるだけに終わる。
 こうしなければ仕方がないとわたしはそのとき強い信念を持っていた。ときには彼女のずるさを恨めしくも思ったこともあった。

 結局、彼女はようやく酒の席で小さくひと言、再婚をどう思うか息子たちに聞いた

『やめてくれ』

と彼らのうち1人に言われたことでこの苦悩からは解放されたようだった。


 彼ら家族はその随分前から離散してしまっていた。


 わたしは家族のために血の代償を払ったけれどあの息子たちはどうだったのだろうと、それがわたしたち家族と彼らの運命を分けたのではないかと、わたしの心に"血の代償と家族"にまつわる教訓はここで刻まれた。

 そしてもうひとつ、本当の望みを口にするのは勇気がいるし、口にしたことが本当の望み出ない事があることも学びのひとつだった。YesがNoであることもあれば、その逆もまたありえることなのだと。




 あのときわたしはきちんと父の愛に十分報いることができたと思っているし、こうして穏やかな気持ちで書き綴ることもできている。

 しばらく気落ちする父だけが気掛かりだった。村上春樹を読むたびに父は彼女を思い出しているらしい。
bluesmoke

bluesmokeの感想・評価

4.0
モダニズムの憂鬱な円環3/4

前作の『別離』でイランの現代史を象徴的に背負ったような夫婦が描かれ、夫は因習(いんしゅう)のうちに留まることを求めるいっぽう妻は逃れようとした。この『ある過去の行方』では、そうして逃れた先に待っていたものを描いているように僕には思えます。

映画は4年前に別れ今はイランに戻っている夫を、フランス人の妻が正式な離婚手続きをするために呼びよせるところから始まります。またこの関係は『彼女が消えた浜辺』に描かれたドイツ人妻と離婚したアーマドを思わせます(名前も同じ)。

主な登場人物は下の8名(この作品も一応はミステリーになりますので未鑑賞の方は避けてください)。

1)マリー(フランス人の妻)
2)アーマド(イラン人の夫)
3)リュシー(アーマドの前の夫との間のマリーの娘。高校生)
4)レア(同上。小学生)
5)サミール(クリーニング店経営。マリーの恋人)
6)フアッド(サミールの息子)
7)セリーヌ(サミールの妻。植物状態)
8)ナイマ(サミールの従業員。不法移民)

元から2人の娘はマリーの連れ子ではあったものの、アーマドが4年ぶりに戻ってきたパリの家にはマリーの恋人サミールとその5歳の息子が同居している。またマリーはすでにサミールの子供を妊娠しており17歳の娘リュシーは反抗的。家の中には秩序がなくすべての関係がギクシャクしている。

中でも印象的なのがマリーのヒステリックな姿で、奔放で自由というよりは横暴で病的に描かれています。そうした状況を映し出した後、ファルハディの手法であるミステリーへと映画は展開していきます。

サミールの妻セリーヌは、なぜ自殺しようとしたのか?

イラン人の夫アーマドと別居したのち、フランス人の妻マリーはクリーニング店を経営するサミールと交際することになります。しかしサミールには妻子があり、2人が不倫関係を深めていくなかでサミールの妻セリーヌは自殺をはかります。夫の浮気が原因なのかそれとも別の原因があったのか。この点がミステリーとなっています。



話が進むにつれて17歳の娘リュシーが、母親のマリーとサミールの不倫関係をその妻セリーヌにメールしたことが分かります。いっぽうそれとは別に、クリーニング店に務める女性ナイマと夫が浮気していると妻セリーヌが疑っていたことも明らかになる。

タイトルの『ある過去の行方(Le passé)』が直接的に意味するのはそうした謎ではあるのですが、やがてその謎解きの意味が失われていくあたりにファルハディの描こうとするものの核心が宿っているように思います。いずれにせよサミールの妻セリーヌがうつ状態から自殺へと向かい植物状態となったことに変わりはなく、ミステリーは登場人物たちがそれぞれに抱く罪悪感の発露によって生まれているにすぎないからです。

こうしたミステリーの設定の仕方と(解決ではなく)解消の仕方は、『彼女が消えた浜辺』と同様に見事だと思います。同作でも失踪したエリが子供を救助しようと海へ入ったのか黙って帰ったのかを謎としていたように、本作でも自殺しようとした妻セリーヌの動機について登場人物たちは翻弄され憔悴していくことになりますが、いずれもほんとうに描いているものは彼らの中心にある空虚さだからです。

こうした心理的な展開をめぐったあと、マリーもサミールも愛し合っている訳ではなく心の隙間を埋めためだったことがお互いに分かっていきます。そして夫アーマドは静かにイランへ帰りサミールはマリーに中絶を促す。ラストでサミールは植物状態の妻を訪れ、反応するはずのないセリーヌの目からは涙がこぼれる。



本作で描かれているのはパリでの出来事でありフランス人たちではあるものの、おそらくはイランに生きる人々を象徴的に描いているように思えます。前作の『別離』で因習から逃れようとした妻がたどることになるかもしれない運命。ですからフランス人の妻マリーの姿は、『彼女が消えた浜辺』や『別離』に描かれた女たちが、因習を逃れた先で破れた姿のように僕には映ります。

イラン人の夫アーマドのみに罪がなくどこか傍観者のように振るまうのもたいへん味わい深く、因習のうちに留まろうとする者は差し伸べる手を持たないことがよく表れています。罪はないのですが力も持ち得ない。

因習から逃れようとも、因習のうちに留まろうとも、彼らは空虚さを中心とする憂鬱な円環構造をめぐることになってしまう。タイトルの「Le passé(過去)」に間接的に託されているのは、イランの現代史も含んだ意味でのそうした深い象徴性だろうと思います。

セリーヌが最後に流したのは、その運命に対する涙のように僕には感じられます。
なかなか面白かった。
不倫によって明るみに出る2つの家族。
それぞれが抱えた問題。
植物状態の妻、自殺未遂の原因はなんだ⁈

といろいろてんこ盛りで、最終的にだいぶとっ散らかって終わるので、評価的には低い…

え、なんなん?結局元サヤ的な?
だいぶ遠回りしたね〜…しかも1人瀕死の状態まで追いやってますけど…
振り回されるだけの子供からしたら、不条理過ぎるよねやっぱり。

タハール・ラヒムさん観たくて観たが、やはり良かった。

結局誰と対になったって、自分次第なのです。
相手変えれば全て変わる、じゃないのです。 https://pedia.watcha.com/ja-JP/comments/droQ096bDKEyN
まったくの偶然なのですが、きのう見た「乙女たちの秘めごと」の主演のヴィオレットと、きょう見たこの映画のリュシーが同じ女優さんだったことに、終わってから気がついた。ぜんぜん違うキャラクターだったもので。
ポーリーヌ・ビュルレ Pauline Burlet さん、覚えておきます。
いわば敗戦処理のようなものだろうか、離婚の手続きのために数年ぶりにイランからフランスに帰ってくる男、帰ってみると家には知らない男の子がいたり、家具の位置が変わっていたり、アウェイ感がはんぱない。
それでも知らない男の子の名前を聞き、自転車の修理を手伝い、怪我の手当をし、料理を作り、それがわざとらしくなくて自然に振る舞っているところに好感が持てるし、はじめ警戒していた男の子も次第になじむ。
物語が進むにつれてわかってくる複雑な家庭の事情。どうもマリーアンヌには今までに三人の夫がいたらしいこと、ふたりの娘は最初の夫との子らしいことなど。
自殺未遂で意識不明のままになっている女性をめぐって、その原因を突き止めようとするうちに、思いがけない真実がつぎつぎに明らかになる。過去のことはそのままにしておいてほじくり返したりしないほうが良かったのかも。真実はいつも人を傷つける。
最後の方で男が、自分がイランに帰った理由を離婚した元妻に打ち明けようとするが、彼女は聞こうとせず、結局は謎のまま終わる。もしも打ち明けていたら、もう一つ修羅場があったかもしれなくて、謎のままのほうがよかったのだろう。
おとなの事情に翻弄される子どもたちがかわいそう。日本人なら、子どもが大きくなるまで我慢するかもしれないけれど、フランスの人は自分の気持ちにすなおなのだね、特にマリーアンヌが。
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