日本では未体験ゾーンで公開されたアンドリュー・ニコル監督による2018年製作のSF映画で、アメリカではNetflixオリジナルとして配信された。
【物語】
すべての人たちの"記憶"が記録データ化され、犯罪抑止・捜査を目的として検閲されるようになった未来が舞台。
この、人々の視覚的情報が記録・管理される社会のなかで刑事のサルは、他人の記憶にアクセスし、依頼人の悩みを解消する退屈な日々を送っていた。
そんなある日、偶然街ですれ違った女性を見ても名前がデータベース上になく、"ANON"=匿名と表示され、やがて彼女を見たという記録さえ書き換えられてしまう。
彼女の正体は一体…?
【感想】
お話のトーン自体は、通常の劇場公開ではなく未体験ゾーンとなったのも頷ける、といっては大変失礼なんだけど、終始静かなタッチで彩度を欠いた暗いトーンが続くため、地味な印象の本作。
ただ、同監督の『ガタカ』『タイム』と続けて本作を観てみると、他2作で感じた不満点を払拭させてくれるようなアプローチをとった映画となっており、個人的には好印象な作品だった!
というのも、これまでのアンドリュー・ニコル監督の映画作品『ガタカ』『タイム』は共通して、主に遺伝子工学に基づく、徹底的に管理された社会システムにおいてヒエラルキーの下層にいる、社会的弱者である主人公が、大局側、その徹底的な社会管理システムに抗い抜け出そうとする話だった。
一方『アノン』の主人公サルはこの世界の正義を司る刑事という、どちらかと言えば本来は社会システム側、大局側の立場にいる人間から見たこの社会のあり方に徐々に疑い始める構成となっていて、これまでのアンドリュー・ニコル監督作品の描かれてきた社会構造における主人公とは逆の立場で描かれている。
たとえば主人公のサルにとってアマンダ・セイフライドが演じているアノンは、本来であれば社会システムにとっての反乱分子であり、従来のアンドリュー・ニコル監督作ではこちらが主人公であることが多かった。
ただ、本作においては「こんな社会システムおかしいんじゃね」と主人公に気付かせ、運命を狂わせるファムファタル的存在である。
主人公のポジション、見せ方の変化と言うのは『ガタカ』『タイム』と立て続けに同監督の映画を見てきたことでより際立って見え、社会システムにおけるマジョリティ側の主人公が、当たり前とされてきたシステムに対し根本から疑念を抱き始める、というストーリーの骨格自体、よりリアルに感じた。
(もしかしたら未見の『ドローン・オブ・ウォー』あたりで大局側=アメリカであり、社会に浸透する巨大なシステムに対しての心境の変化が、ニュージーランド出身の監督自身にあったのかなぁ。そちらも観てみよっ)
確かにこの映画は『ガタカ』以上にお話のトーンは常に暗い。
ただそれでもアンドリュー・ニコルのこの映画の新しいアプローチが自分にとっては結構好ましく感じたし、なによりストーリーが(地味だけど)『ガタカ』よりはシンプルになったと思う!
たとえば『ガタカ』であればガタカの世界では本来は蔑まされるハズの主人公ヴィンセント=ジェロームが宇宙を目指そうと画策する話と並行してガタカ内で起きた殺人事件の捜査が描かれるが、個人的には後者の犯人探しが、前者主人公サイドの葛藤と噛み合っているようで噛み合っていないように見えてしまい、モヤモヤした。
また、『タイム』であれば、主人公ウィル・サラスとシルヴィアの逃避行&富豪たちへのリベンジの目論見と、追う側であるタイムキーパーの捜査の目的、意志がこれまた噛み合っているようで噛み合っていないように見えてしまった。
ところが、本作『アノン』は、大局側の人間を主人公にしたことで、他のサブストーリーがあまり気にならなかった。
そんな主人公サルと一緒に捜査する刑事たち、いずれも妙にキャラが立っててよかったな。
たとえば、やけに家具に詳しい女刑事とか、アノンの行方を追おうと彼女の視覚にハッキングした際、不意に彼女の一糸纏わぬ裸姿を見てしまい捜査とはいえ気まずい空気になる男刑事たちとか笑
そして首の傾きが絶妙に気持ち悪い刑事局長も、最高にヤダみがあってジワジワとハマってしまった笑
そして主人公を演じたクライヴオーウェンのくたびれた刑事姿はどことなく70年代のクライムアクションやロジャー・ムーア期ボンド後半の作品群を彷彿とさせる。
セクシーなアマンダセイフライドは『タイム』に続いて黒髪いいね!
主人公同様、なぜか引き込まれてしまう妖艶な魅力を放っている。
本来ならブロンドのイメージがある彼女を、この監督は2本の出演作とも黒髪ショートで決めてくるあたり、監督の好みなんかな笑
他人の記憶にアクセスするときのER図といったらいいのか、記憶のデータとデータを繋ぎ合わせたイメージは、なんだかライゾマティクスによるPerfumeのライブパフォーマンスのように見えて面白かった笑
記憶が記録データ化され、いつでもどの記憶にでもアクセスでき、シェアできるという世界観はブラックミラーのエピソードを思い出す。
「目に見えるものがすべて」と人は言うが、いつどんな景色で、誰を見たのか、完全にデータ化された世界は本当に良いものなのか。
なぜアノンはデータ化された世界から逃れようとしているのか。
なぜ彼女は他人に見つからないアルゴリズムを持っていたのか。
その理由、真意が明かされるラストよかった!