レインウォッチャー

ウルフ・オブ・ウォールストリートのレインウォッチャーのレビュー・感想・評価

5.0
酔狂!頓狂!!大熱狂!!!

ひとことで言うなら、3時間の《躁》。
《ウォール街の狼》と呼ばれた男、ジョーダン・ベルフォート(L・ディカプリオ)の怒涛の半生。株の世界で瞬く間に成り上がり、放蕩に放蕩を重ねた末の没落までを途切れぬハイテンションで駆け抜けるエクストリームお笑い伝記映画だ。楽しすぎてアホになる。

半生、といってもその期間はたった10年かそこらなのだけれど、その間に凡人の人生30周分くらいの濃度が詰まっている。この男は、だんじりの頂上で踊り続けているのだ。
しかしその中身はといえば、金→セックス→ドラッグ→金…のハムスター無限ループみたいなもの。ベルフォートにとってメンター的存在となったハンナ(M・マコノヒー)は「株は幻」と言い切るが、まさにベルフォートの得た成功も一瞬の強烈なストロボライトに掻き消えた幻のよう(※1)。そしてこの映画もまた、3時間?はあ?ってくらい、幻のごとく霧消する。

ベルフォートの物語も、この映画も、終わりなき足し算でできている。エピソードの建て増しに次ぐ建て増し。後半、身辺の雲行きが怪しくなってからも、そのテンポも笑いも緩まることがない。
ベルフォートの経営パートナーになるドニー(J・ヒル)ほか、周囲を固める強烈な個性のコメディキャラの貢献も大きいし、スコセッシ映画らしいスピード感満点の編集がここぞと炸裂している。

この構成は、やがて極めて《強迫的》という印象を連れてくる。人生の(男の)快楽のループにハマったベルフォートは、もはや退くことができない。金は無尽蔵に増え続け、会社や人脈は雪だるま式に膨らみ続ける。ちょうど彼がハマったドラッグと同じで、刺激にはもっと強い刺激を与えるほかないのだ。

故に、だろうか、激烈にうらやま…じゃなかった、下品で低俗なだけのはずのエピソードの数々は、どこか必ず「痛み」を伴っていて、自己破壊的に見える。いつ血管が焼き切れても不思議ではない日々。ベルフォートには目指すべきゴールがなく、それもまた映画の話運びと同期している。

スコセッシ映画では度々ポップミュージックが引用されるけれど、今作の曲数の多さは異常なレベルだ。50'sのオールディーズやブルースから90'sのオルタナまで、乱痴気のパーティシーンに紛れてマッシュアップといえそうな勢いでごった混ぜにされここでも足し算足し算、こっちまでくらくらしてくる。
今はいつで、どこに居るんだっけ?何を観てるんだっけ?この混沌はベルフォートの狂騒とシンクロして、まったく縁遠い世界の奇人に見えた彼が、いつしか一人の人間として輪郭を持ち始める。

ベルフォートが自社の社員たちを鼓舞する演説をカマすとき、思わず拳を振り上げそうになるのはなぜだろう?
ついに妻のナオミ(M・ロビー※2)に見限られて「最後のセックス」をするとき、涙が滲んでくるのはなぜだろう?

ここには、ありきたりな感情移入とは一線を画するエンパシーが確かにある。彼のことを見下げて嗤いつつも、確かに憧れていて、どこかで「勝って」ほしかった…悔しいけれど彼のことが好きになっていた。

それは、わたしたちもまた資本主義という幻のシステムの中で生きて(生かされて)いるからかもしれない。誰もが自由意志を持っている、と信じているけれど、その実体は思い込まされているだけであって、自分でもそれに薄々気付いていながら大多数の凡人は死ぬまで自らを誤魔化し続ける。

ベルフォートを捕まえたFBI(K・チャンドラー)が、帰りに地下鉄に乗るシーンが印象的だ。周りを見渡すと、そこには自家用ランボ/ヘリ/船なんて乗れない凡人たちであふれている。彼は、自分もその一人であることを否応なしに知っただろう。
台詞もないシーンだけれど、彼はベルフォートを逮捕したことが一体何になるのか…と自問しているようだ。肥大した金額はただの数字の羅列と化して、実体を失う。では彼の罪の実体とは?ベルフォートが語る「ペンを売れ」、需要と供給のルール。彼もまた、この世が求めたからこそ生まれた存在といえる。

ベルフォートは資本主義のシステムを少なくとも一瞬は出し抜いた男であり、その意味で紛れもなく《ヒーロー》だったのだ。
あまり贖罪を…みたいな苦悩パートに行かないところも、今作に限っては正解。終始メタめな一人称視点を基本に語られ、あくまでもカラっと、「やれやれ」くらいに済ましている。(なにせ、本人もしれっとカメオ主演してるくらいなのだから)

そしてもちろん、このえげつない映画を嫌味なく成立させたのはディカプリオのパワーあってのことでもある。
スコセッシさんと共に修行の旅を続けてきたディカプリオさんは、ついに今作においてその顔芸・キレ芸・虚しさ芸を完成させた感がある。同じ年に『華麗なるギャツビー』があり、次に『レヴェナント』があり、そして『ワンハリ』へ…一生確変続きの未来に突入しているのは知っての通り。

わたしは俳優をモチベに映画を観ることが少ないほうだと自覚してるのだけれど、ディカプリオさんは別、かも。今作を久々に観なおして、俺めっちゃ好きやなデカプ、って再確認することができた。

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※1:会社を立ち上げた頃のメンバーへのレクチャーで、ベルフォートは「これは『白鯨』だ、お前たちをエイハブ船長にしてやる」みたいなことを熱く語る。きっとわかりやすいノリで言っただけなんだろうけれど、よく考えると『白鯨』って要するに病的に拘り続けた挙句「敗ける」話なので、この時点で自身の妄執と崩壊を予言していたともいえる。

※2:あらゆる女の上を通過したベルフォートがぞっこんになる…という説得力を持てるのは、確かに現代のこの世では彼女くらいだろう。そして何より恐ろしいのは、直近の『バービー』でもその印象が1ミリも陰っていないことである。本籍地=美のイデアなの?