ちろる

白痴のちろるのレビュー・感想・評価

白痴(1951年製作の映画)
3.8
単なる好きだとか、惹かれるだとかそういった単純なものではなく、時代の奔流の中に崩れる魂が自らの居るべき場所すら分からず浮遊する様子を、札幌の雪景色という真っ白なキャンバスに黒澤が丹精込めて描き切る。
黒澤があのロシア文学ドストエフスキーの「白痴」を研究し尽くしたのちに日本に舞台を変えて解釈した作品。
演出こそ激情型ではあるけれど、黒澤明監督の他の作品とはまた違い、とても繊細な雰囲気なので、当時賛否両論あったのも頷ける。
瞬きが一切ない、森 雅之の無垢な演技と世界を憎しむ原節子の力強い眼差しのアップが画面いっぱいに押し迫り、彼らの熱量を抱えられる器のない私はたじろいだ。
苦しい、息ができない。
「幻想的リアリズム」と評されたという黒澤の想いのこもった執念のような映像たちに逃げ場をなくしてしまうようだ。
現実のむごたらしさに目を向けながらも、それらとは対照的に幻想的に妖しく映し出す一面の白雪のシーン。
そこにまるで魔女のようなマントを羽織る妙子の姿はまるでおとぎ話の一端のようでとても印象深い。
あまりに美人なので、鬼の形相が恐ろしくて本物の魔女のように見えてくるのだけど、その裏に潜む妙子の悲しみや寂しさを掬い上げる亀田にはどんな風に彼女の姿が映ったのだろうか?
複雑な恋愛のもつれと、純粋な亀田の想いを見つめる赤間と妙子の他に、久我美子演じる令嬢綾子も加わり思いもよらない対決シーンとなるあの場面も見どころの一つ。
エンタメに長けたその他の黒澤の代表作とは違い、静かで抑揚の少ないように見えて、役者たちの異様なエネルギーだけが飛び出してくるようなこの作品については、主人公たちと同じく、単純な好きとか嫌いとかでは完結しない。
ただ、この独特さゆえに忘れられない作品になったのは間違いない。
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