無影

それでも夜は明けるの無影のネタバレレビュー・内容・結末

それでも夜は明ける(2013年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

自由黒人として社会で一定の地位を築いていた主人公が、拉致されて奴隷の身に落とされた途端に理不尽で熾烈な境遇に置かれた12年間を描いた作品。
本作には、エップスのような奴隷制の権化とでも呼ぶべき白人もいれば、フォードのように奴隷に一定の情を抱く白人も出てきました。本作が完全にフィクションなら、フォードのような白人を出すのは、『Green Book』をスパイク・リーが批判していたように、白人の黒人に対する差別の歴史を覆い隠す免罪符のような役割を果たしてしまっていたと思います。しかし、本作はソロモン著の奴隷体験記に基づいており、その中でフォードは「優しく、気高く、公平で、慈悲深い人間」と評されているそうなので、奴隷を買いながら彼らに情を抱く「矛盾」を抱えた白人も実際にいたということなんですね。
もっとも、本当に彼の態度は矛盾しているのでしょうか。私は、本作を観るまで、黒人差別は、白人が黒人を動物として扱ったから起こったものと考えていました。だからこそ、バスもエップスに対し白人も黒人も人だと説いていました。しかし、もし当時の白人が黒人を心の底から動物と認識していたなら、エップスはソロモンたちに虐待をしていなかったと思うのです。パッツィーをムチで殴る時、エップスは「これが一番気が晴れるんだ」と口にしました。そこに滲むのは、所有欲と支配欲が満たされていくことへの快感です。これがもし牛や馬などの動物に対しされていたとしても、きっとエップスの気は晴れなかったでしょう。なぜなら、牛や馬は人が所有して然るべき存在だからです。エップスも、潜在的にはソロモンたちが自分と同じ人であり、彼らを所有することは許されない悪であると認識している。だからこそ、人を所有し支配するという本来なら許されないはずの行為をするのが、彼にとっての極上の悦びとなるのではないでしょうか。つまり、黒人を買い所有していた白人も彼らを同じ人と認識していたのであり、上記のフォードの態度も矛盾しないように思えます。
このことは、アメリカの黒人差別が人類普遍の課題であることを浮き彫りにします。なぜなら、アメリカでの黒人差別は、黒人を人とみなさない選民思想や道徳心の欠如した異常な白人により引き起こされているのではなく、黒人を人と認識している普通の人間により引き起こされているということが示唆されるからです。人を支配し所有することへの欲望は白人以外にも誰もが潜在的に持ち合わせているものであり、環境が許せば、誰もが暗澹たる差別の歴史に堕してしまうかもしれない。だからこそ、各人が人を支配し所有することは悪だと認識し、自らを律する必要があります。そんなことを、ハラスメントやDVの横行する今の日本社会で思いました。
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