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インサイド・ヘッドのLCのネタバレレビュー・内容・結末

インサイド・ヘッド(2015年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

興味深かった。
あくまでわかりやすく、身近に感じられるようにまとめられていると感じる。
人は感情の生き物。記憶に関する描写も凝っていた。

「怒り」の立ち位置については、一次感情と考えるものと二次感情と考えるものがあるようだ。
一次感情と考えるものは、怒りも含めた8つの基本感情の組み合わせで更に複雑な感情を説明しようとするもの。こちらは、抱いている感情が特定されていると適応しやすそうだ(例…喜び&恐れ=罪悪感)。
二次感情と考えるものは、怒りを生み出したそもそもの感情の存在を探ろうとするもの。こちらは、抱いている感情がわからない、自覚がない場合に適応しやすそう(例…連絡なく門限を破った子に怒りを覚えた場合、それは心配由来か否か)。
大雑把に、そのような捉え方の特徴があると思う。

悲しみについては、これも確かに大切な感情で、本作のヨロコビのように隅に追いやると不具合が起きる。
しかし悲しみにきちんと向き合うことに時間を要することはとても自然なことだ。10年かかる人もたくさんいる。もっと時間が必要な人も勿論たくさんいる。
向き合えないその時間、何が起きているかと言えば、不具合の黒い煙を吐き出しながら正常さに擬態する生活で、ギクシャクと不安定さが増したり、人によってはわざと自分を傷付ける。

だからこそ、作中カナシミが他者の悲しみに耳を傾け、理解を示す場面は、ヨロコビにとっては奇妙で驚きはしただろうが、避けて通ってはいけない過程だった。
素直に表現した悲しみを受け取ってもらえないと、不具合は加速する。

11歳の少女は、最高の記憶に紐付いている悲しみにゆっくり向き合う暇がなかった。喜び色のボールには悲しみの色も入っていた。一生懸命笑っていたけれど、押し込めていた悲しみを見つけた。

こう考えていくと、ヨロコビがウザいキャラクターになりそうなところをきちんとコントロールしていて驚く。いつもいつも「楽しく!笑って!」と接されると疲れるものだし、簡単に「好きになれないキャラクター」になってしまいそうなところだ。

各島が崩れ落ちる様は悲劇的に見えるが、それを繰り返して島を更新していく人もいるだろう。
鬱の時に好きだったものに興味を持てなくなったりする、その現象を目で見るならあんな感じかもしれない。
しかし、新しい島を作って没頭することに覚えがある人も同様にいる筈だ。
それは幼い頃の空想の友達が消えてしまうところでも感じられる。
消えてしまうのは悲しいことかもしれないが、それは成長に繋がるかもしれないし、新しい友達との出会いに繋がるかもしれない。
大人になるって悲しいことなの、と誰かが言ってた気がする。

お母さんの司令塔は水色だったが、お父さんの司令塔は赤色だったように見受けられる。
娘さんの司令塔は、黄色が担っていくのだろうか。その場合、きっと右腕は水色だ。

きちんと各感情に向き合うことは必要だが、ヨロコビの力を信じて笑っていきていく、強い信念も感じられる作品だった。
何事もポジティブに考えよう!でも、涙を流す時間が必要な時はゆっくりすることも忘れないで。

それにしても、潜在意識ゾーンを「厄介者を閉じ込めておくところ」のように描写していたのは笑ってしまった。その通りかもしれないな。
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