一見ハートウォーミングな夫婦のラブストーリーだと思いきや、そのような心温まる映画の皮を被った黒沢清映画にきちんと仕上がっているのが心強くもあり期待を裏切らない。
今までの黒沢清映画では「次の瞬間、何か写り込んでいるかもしれない恐怖」が全体を支配していたが、本作はむしろ「次の瞬間、愛する夫が消えてなくなっているかもしれない恐怖」を各シーンに染みこませているのがポイント。真逆のベクトルでの恐怖、そしてそれは愛があるからこその恐怖である点に於いて、他の黒沢清映画とは一線を画したものになっていると思う。
もちろん「恐怖」は一種類だけではなく、例えばラストの感動的な夫婦の営みでさえ、人間と幽霊が行為しているわけであって、見方を変えればおぞましい場面にも見えてくる。
あるいは、夫が生前浮気疑惑があった職場の同僚を妻が問い詰める場面。この場面の深津絵里とケロッとした蒼井優の顔が大写しになるやりとりは可笑しくもあり同時に恐怖でもある。
その他にも深津絵里が冒頭のピアノのレッスン場面で引き直しを指示する場面、帰宅するやいなや夫の大好物であったしらたまを作るためにゴマを猛スピードで炒る場面、さらには夫が部屋の角に佇む初登場場面などゾクッとする場面が満載。
全編をハートウォーミングで感動的な劇判を流してはいるものの、音楽を例えばホラー映画のようなおどろおどろしい音楽に代えても成立しそうな、そんな奇妙なバランスをした映画である。