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エヴェレスト 神々の山嶺のマインド亀のレビュー・感想・評価

エヴェレスト 神々の山嶺(2016年製作の映画)
2.0
●仏アニメ版との比較のために鑑賞。原作小説、漫画未読のため、それらとの比較ができないことをお許しください。

●最初は色々と細かい演出やビジュアル、音楽などの比較をしながら鑑賞してましたが、最後まで観たときにそれらはぶっ飛びました。全然違う話やんけ!いや当然アニメと実写なんだからそりゃ違うでしょうよ!でもそれだけじゃないんです。もっと根幹の部分で違う話だってことなんです。

●原作を読んでないので偉そうに言えないのですが、映画って、その作品のピークがどこか、誰の話が一番大事か、どこで終わるか、テーマは何なのか、といういちばん大事な根幹の部分の考え方が違うと、原作が同じでも全く違う作品になるんですね。当たり前っちゃあ当たり前ですが、同じ映画作品として比較できるのは非常に面白いと思いました。映画を作ろうとしてる人たちに見せてもいいかもしれないですね。すごく勉強になります。

●アニメ版がソリッドに、本作で言う2幕目である羽生丈二の登頂に凝縮して見せているのに対して、本作はその後の深町の視点からの3幕目がプラスの上乗せです。また言い換えると、アニメ版はエモーショナルなピークを、「登りきる」部分においているのに対し、本作は「下山する」部分においてしまっているのです。それは原作でもそうなのかもしれませんが、切り取り方でテーマの伝わり方とエモーションが全く変わってくるし、おそらく出来栄えが違ってきます。

●私は残念ながら、深町視点の3幕目30分は本当に眠く感じました。つまりエベレストの登頂シーンを繰り返して見せられてることに飽きてしまってるんですね。
話を巻き戻すと、私は最初の深町が羽生を調査するまでの1幕目はすごくモタモタしてると思ったんですが、羽生の登頂が始まると俄然良くなったなあと思いました。
つまりアニメ版はしっかりとその部分を取り出して来たんだと思います。それでいてこの作品の持つ強度は損なわれておらず、テーマがグッとストレートに響いてくる。無駄を省いて成功していますよね。

●最後の20分からがめちゃくちゃぶれ始めるのも本作の特徴です。死人視点の回想は本当に必要だったんでしょうか。オカルティックな死人とと会話も必要だったんでしょうか。それらが深町の内省的な表現にはとても見えないのです。非常にださい。
あとこの頃には観客もすっかり忘れていたマロリー問題もめちゃくちゃ雑に映画的にも棄てられます。ほとんどの観客が忘れてたけど、ここまで引っ張っといてそりゃなんなのよ。全然テーマと絡み合ってないし、こんなに価値のないキーアイテムもなかなか無い。

●日本映画の悪いところですが、ほとんどエモーショナルな部分はセリフで表現されます。「俺は生きてかえるぞー(うる覚え)」とか、「何人の命を奪えば気が済むのですか 何が悪いっていうのですか」とか、「もうじき神々の裁きが下る」とか、もうほんとうっせえよって話。小説ならわかりますよ。でも映画はビジュアルで見せてほしいってもの。阿部ちゃんのノート朗読を2回も聞かされたときは流石に「大事なことなので2度言いました」というセリフが脳内に流れました(阿部ちゃんの声で)

●音楽の使い方ももう雄大すぎてダサい。まあいいところも悪いところもあるとは思いますが、流石に6年も前の作品だから、今の邦画はもっとかっこよくなっていると思いたいです。

●あと、せっかくのエベレストロケなのに、画角の閉塞感が半端ないです。もっといいカメラでもっと広角で撮影できれば…というのは欲張りすぎでしょうか。これがクロエジャオの作品だったら…などと思ってしまうのは罪でしょうか…。

●原作の問題かもしれないんですがもう少し主人公二人のキャラの書き分けをしてほしいなあと思いました。特に深町は最初からずっとむっつりしてるので、あんまり羽生との違いもないし、山に取り憑かれてからの違いもよく分からなかったです。

●岸文太郎問題の回答をあの位置に持ってきたのは良かったと思います。さしたる問題ではないと思いますが、羽生は山登りの為なら非情になれるかどうかという話で引っ張れますから。でもまあ、なんとなく観客も気づいてると思いますけど。
アニメ版では全く引っ張りませんでしたね(笑)

●色々と書きましたが、アニメ版と比較してめちゃくちゃためになるテキスト的映画でございますので、ぜひ2作品を並べてご鑑賞ください!

仏アニメ版『神々の山嶺』レビューはこちら
https://filmarks.com/movies/100883/reviews/147780240
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