デニロ

夜の片鱗のデニロのレビュー・感想・評価

夜の片鱗(1964年製作の映画)
4.0
1964年製作公開。原作太田経子。脚色権藤利英(井手俊郎)。監督中村登。

スタイリッシュなクレジットタイトルに重ねられる街娼桑野みゆきの表情。本作も撮影は成島東一郎。監督とはウマが合うのだろう。瞬時にのめりこんでしまう。

街路に立つ桑野みゆきの傍を行き来するサラリーマン園井啓介。横目で見ている桑野みゆき。どちらともなく誘いあい桑野みゆきの馴染のホテルに向かう。事を終えた後、園井啓介は言う。/君はこんな仕事をする人じゃない。また会いたい。次も同じ場所、同じ時間で待っている。/ふ、お客さん次第ね。/

回想。昼は工場で働き、夜は知り合いのおばさんのスナックでアルバイトをしている。19歳の桑野みゆき。ある日、スナックーのカウンターに平幹二郎が座る。ハイボール。サラリーマンだと自己紹介の典型的なすけこましストーリー。

同棲。金の無心。サラリーマンとして働いている素振りもない。何で桑野みゆきが何にも言わぬのか分かりかねるところです。もう金がないと言われると、/客を取って寝ろ/いやよ、わたしを何だと思ってるの!/だったら、出て行け!/彼女の心情はよく分からぬが、彼とは離れ難く、そして娼婦となる。平幹二郎の要求はエスカレートし、組に入れる金が足りない街に立って数を稼いでくれ。この平幹二郎の硬軟合わせた物言いが全く絶妙でほんとに食わせ者。彼の通称は「お姫」だという。

ある日、桑野みゆきはあまりの扱いにブチ切れて実家に帰る。とうとう愛想が尽きたのかと思ったら、組の若いモンが兄貴が戻ってくれと頼んでいる、と聞くと化粧をして出かけてしまうのです。平幹二郎の「お姫」と言われる所以でしょうか。待っているという座敷の襖を開けると、待ち構えていたのは、組長木村功と平幹二郎の兄貴分菅原文太、そして男の熱気を芬々させている野郎ども。・・・ひとり、またひとり、襖を開けて出て来る男たち。外でへたり込む平幹二郎に、いい女房だな、と。

縄張り争いで負傷した平幹二郎は男性機能を失う。すると一転、暴力的支配は影をひそめ、料理洗濯、鍋を小脇に豆腐買いという役割を自らに課すことによって彼女から憐憫の情を引き出していく。なかなかのものです。そんな風にしてすっかりここの他には行き場をなくしてしまう桑野みゆき。

そんな風に娼婦になってしまった。そんなわたしに園井啓介は一緒になりたいという。転勤になる北海道へ一緒に来て欲しいと。君をこの境遇から救いたい。彼はいつかデパートの屋上で出会った工場時代の友人夫婦に、今度僕たちも結婚するんだ、と言った。本気なんだろうか。わたしのことをどこまで知っているというの。情を交わした後、新宿駅での待ち合わせ。部屋に戻り支度を整え新宿駅の待ち合わせ場所の手前まで。でも、そこから先は。新宿駅に背を向けて家路を急ぐ。わたしはこうして自由を見失う。でも、わたしの自由は園井啓介との先にはない。もはや生きながら死んでしまったわたしの自由は、と彼女のモノローグが弁護士の言葉に変わっていくラストは意外な展開。

井手俊郎の語り口、撮影の成島東一郎、中村登監督を勘違いしていた。

神保町シアター 生誕110年記念 映画監督・中村登――女性讃歌の映画たち にて
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