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雨の日は会えない、晴れた日は君を想うのdeenityのレビュー・感想・評価

4.5
ジェイク・ギレンホール主演なのでめちゃくちゃ見たかったんですけど結局劇場までは忙しくて行けず、お家でまったり鑑賞です。

妻が死んだ。でも泣けなかった。
これはつい最近上映された西川美和の『永い言い訳』と同じ入り口だ。
冒頭のシーン。ディビィスは妻の運転する助手席で話を聞くでもなく聞いていて、「冷蔵庫の水漏れを直して」なんていうごく当たり前の日常のワンシーン、のはずだった。事故。自分はほとんど無傷だが、妻は死んだ。
そこから同情が怒涛の勢いで浴びせられる。
「奥さんを失ってさぞ悲しかろう。」
でもディビィスは泣かなかった。泣けなかった。鏡の前で泣こうとしてみる。泣けない。周りから同情される。申し訳なさそうな顔をする。するだけだ。平気だ。なぜなら悲しくないのだから。

はっきり言って「自分の愛する人を失って何とも思わないなんて人でなし!」って人には受け付けない作品だと思う。
でも自分は結構気持ちがわからんでもない気がする。実感がない?受け入れられない?心が壊れてしまった?違う。そういう部類ではない感情だ。わからないんだと思う。

お義父さんは元々ディビィスのことを好んでなかったようだ。それでも少しずつ打ち解けて、息子のように気になり始めてはいたわけで、だからこの件での反応があまりに薄くて、平気で仕事に出てくる様に心が壊れてしまったのではないか、と気にかけたのだろう。
「壊れた物は一度分解してみること」

ディビィスはそこから狂ったように分解し始める。気になったもの全て。周りに迷惑をかけても冷たい目で見られても構わない。とにかく分解し続ける。素直に正直な気持ちでやりたいように。会社のパソコン、トイレ、冷蔵庫、家…。時には釘を踏んで怪我したり、自分を射的の的にしたりした。今までいろんなもので固められてわからなくなってしまった自分自身を分解していく。

たぶん常人には理解できないだろうし、お義父さんからすれば腹立たしいことこの上ないだろう。
「お前が死んでいればよかった。」とも言った。
でもそれでも分解し続けてた彼は少しずつ感情に気づき始める。
妻は妊娠してたらしい。しかも知らない男との子を。その事実を知った時、落ち込むでもなくぶつけるでもなく、ただ素直に傷ついてるディビィスがようやく気づいた感情。
「愛はあった。おろそかにしてただけだ。」
当たり前のような空気みたいな存在になって、社会とか家庭とか人間関係とかそういうしがらみに縛られて、見失ってただけだったんだ。
ふっと眩しいくらいの日差しを遮ろうとした拍子に現れた付箋。
「雨の日は会えない、晴れた日は君を思う」
彼の心にはずっとしっとりとした雨が降り続けていた。雨の日には日よけを使うことはないから気づかないかもしれない。しかし、少し心が晴れたそんな晴れの日くらい私のことを思ってほしい。そんなメッセージがぐっと来る。切なさを、愛しさを、悔しさを、温かさを、じんわり感じるシーンに思わず感動した。

ラスト、本作で解体し続けていたディビィスが初めて自分から修復させたいと申し出る。まあこの作品が成り立つのは膨大な資金を持っているからこそ成り立つのだが、ラストも金かかるだろうな、って思う。それでもようやく心の修復は完了し、自然な笑顔が溢れるシーンには感動せざるを得ない。
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