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オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分のTorichockのレビュー・感想・評価

4.1
「LOCKE/オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」

もういい加減、うざいと言われそうなので、これで最後にしたいんですが...はい、もちろん"MAD MAX"の影響で、トム・ハーディを全部見てやる!という流れで見に行きました、ええ。
しかしこの映画、"MAD MAX"がひたすら砂漠なら、こちらはひたすら高速道路の車内。そしてその中で、トム・ハーディ演じるロックという男が、アイヴァン・ロックが、自分の犯した過ちを取り戻そうと車を走らせながら電話をしまくる映画。
あのね、こんなこと言ったらアレだけど、こんなの好きに決まってるだろ!というジワジワと来る、ジャンル仕分け不可な変な映画でした。

出来心で、一晩だけの肉体関係を築いてしまったアイヴァンが、その相手の出産に立ち会うために車を走らせる。もちろん、彼はその女に情が移ったわけではない、家族を愛してるし、責任ある仕事を任さてるわけだから、今の生活を捨てたいわけではない。ただただ、出産に立ち会い、そして認知することが、"誠意"="正しいこと"だと信じて疑わない。だけど、彼の中にある"誠意"と呼ばれるその欺瞞が、この86分の運転の最中に、彼は家族と仕事を失わせるわけなんです。

この映画、とても挑発的で実験的な映画のように思えました。

まず、映画を観るにあたって、僕たちは基本的に主役に感情移入しやすいでしょう。つまり、アイヴァンがアクションする"誠意=正しいこと"の行動、つまりハイウェイを走るという、この映画唯一のアクションに感情移入するわけです。
そうすると、アイヴァンがハイウェイを運転しながら思考を働かせ、最悪の状況下でも、うまく立ち回ろうとするアイヴァンのことを物語の中心に捉えますよね。
だから、アイヴァンに電話をしてくる同僚や家族、破水した浮気相手や取引先の奴らの"話が分からない、話の通じない電話"にイライラ憤るわけです。
なぜなら、こっちはアイヴァン側の誠意=正しいこと(Right)の邪魔になるわけだから。

でもこの映画、実は"誠意=正しいこと"は、もうこの映画が始まる前で損なわれているんです。この"LOCKE/オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分"が始まったときには、もうアイヴァンに正しいことなど何もないんです。もちろん、映画泥棒が踊ってるときにもね。

彼は、この映画の物語の夜が来る前に、家族に全てを白状し、浮気相手にしっかりとした態度を取るなりしなくてはいけなかったんです。

物語の冒頭で、彼は



のウィンカーを

右(Right)

に変え、ハイウェイに乗りました。
つまり、彼は物語の冒頭で、自分の中の自己満足的なRight(正しさ)に突き進むことを決めしまったのです。
そして、このハイウェイでも彼は断る毎に、"一回でも間違えたら、取り返しがつかない。正しい選択をしろ。"と、同僚に指示を出すんですが、それは全てが彼自身への戒めの言葉にも見て取れるわけです。
それを指し示すかのように、しばしば差し込まれるカーナビのカット。
どのカットにも、ジャンクション(出口)の画はなかったと記憶しています。ひたすらにまっすぐの道を映し出す画面は、アイヴァンが途中で引き返すことも降りることもできないところにいる、取り返しのつかない状態を表してると思いました。
そうです、すでに"一回でも間違え、取り返しのつかないところ"にいるのは、アイヴァン自身なんです。

しかし、アイヴァンは最後の最後まで、この状態をうまく立ち回っているつもりでいる。自分は父親とは違うんだ、正しい判断をして、人生を成功させるんだ!みたいに、落ち着いたかのように気取っているが、それはただ自己正当化をやめない愚かな人間にしか見えない。
アイヴァンが車内で怒鳴る"Bastard!!"という言葉。それはおそらく、彼自身のことなのではないでしょうか?
この映画が終わるその瞬間まで、彼の身に起こる災いに対して同情をしながらも、実は本質的に"うーん...、でもお前が悪いよな"と思ったり、感情を揺さぶられる映画。
また、ワンシチュエーションでトム・ハーディしか出ないというのも、設定だけではなく、物語のテーマに通じる部分があったように思えます。
もし、同僚や妻や浮気相手の声だけでなく、表情が画面に映されてしまうと、"話の通じない人間"が"アイヴァンに振り回される人間"にすり替わってしまう可能性があるんです。
あくまで画面上では、うまく立ち回ろうとするアイヴァンが"正しい"であるように見せるために、"話の通じない人間"に見せなくてはいけない。
とすると、トム・ハーディ以外は画面上に現われないのも必然な選択のように思えます。

そして、最後の最後に思ったこと。
彼は物語の冒頭、ウィンカーを左にしていました。思い切ったように、右に変えるまで。

つまり、正しい判断をして人生を成功させる、とか言ってたけど、物語の最初は、起こしてしまった事象から逃げようとしていたのでは?という疑惑もしっかり残すあたり、アイヴァンのクズっぷりを示唆させる作りも面白いところです。

アイヴァンがハイウェイを降り、最後の曲がり角を降りたとき、車がどちらに曲がるかにも注目しました。

うん、やはりとても面白い。
FunnyではなくInterestingな映画でした。
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