映画漬廃人伊波興一

ベレジーナの映画漬廃人伊波興一のレビュー・感想・評価

ベレジーナ(1999年製作の映画)
4.6



ダニエル・シュミット『ベレジーナ』

『ラ・パロマ』は素晴らしかった。
『ヘカテ』も素晴らしかった。
また『カンヌ映画通り』『トスカの接吻』といったドキュメンタリーも素晴らしかった。
とりわけ『季節のはざまで』が個人的には堪らなく好きでした。

どの作品を拾い上げても賛辞しか出てこないダニエル・シュミットですが、この遺作『ベレジーナ』だけは未見でした。

撮影は当然レナート・ベルタ。名コンビです。

映画を40年近く観続けても今だに尚、観光地の絵葉書と映画画面の区別がつかぬ知人が(ブニュエル的だった)と言ってました。
うん。
たしかに政府・銀行・軍・TV局などの要人たちは鏡が乱反射するようにエレナ・パローバと倒錯的な変態プレイに耽っていくさまは『自由の幻想』や『ブルジョワジーの密かな愉しみ』が想起されます。

足フェチの連邦裁判官のシーンなどは誰がどう観ても『小間使の日記』や『哀しみのトリスターナ』へのオマージュです。

とはいえ、
”世界で一番美しい国”スイスで90年起こった第二次大戦中のユダヤ人財産の着服、マネー・ロンダリング疑惑といったバンクスキャンダル、さらに政財界汚職からヨーロッパ統合に対する孤立政策への不安が全編に蔓延しているとはいえ、従来とは趣向と異なった(完全ブラック・コメディだったぞ)という彼の意見にはいささか逡巡。

何故か私にはこのデカダンスが、本来なら僻遠したくなるくらいに濃密になりそうなのに異様に淡白に思えた。

死を間近に控えた者の心が異様に澄み切るという話を聞いた事があります。

レマン湖の湖底に湧水の出口となるような大穴をポッカリ開けて、長い間アルムの山に浸透し続けた大量の伏流水を勢いよく湧き出させたかのようなこの透明度がこのブラックユーモアには満溢してます。

過剰に美化された真白のスイスと闇の中に隠された真黒なスイスをめぐる神話・表象・クリシェなど様々な無意識的イメージが組み合され”神話的迷宮”の中の荒唐無稽なこの国を、湖底をはっきり映し出すようにありありと私たちに見せてくれていると思うのです。