708

ある神父の希望と絶望の7日間の708のネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

マーティン・マクドナー監督「イニシェリン島の精霊」の話題から、マーティンの兄のジョン・マイケル・マクドナー監督が撮ったこの作品を知りました。「イニシェリン島の精霊」と同じように、アイルランドの島を舞台にしています。主演は「イニシェリン島の精霊」にも出演しているブレンダン・グリーソン。原題の「Calvary」とは、キリストが磔になった丘
やキリスト磔の像のこと、あるいは受難や精神的苦悩、試練という意味。

7歳のときから5年間、司祭から性的虐待を受け続けていたという男が、教会の懺悔室で別な司祭のジェームズ(ブレンダン)にそのことを告白。虐待していた司祭はすでに死んでいることもあるし、悪い司祭を殺してもニュースにならないから、善良な司祭のジェームズを殺すと予告。そこからの与えられた猶予の一週間を描いてます。

司祭が男児に性的虐待をするという題材って、オーランド・ブルーム主演の「復讐の十字架」とか、フランソワ・オゾン監督の「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」あたりを思い出したんだけど、それらは被害者側からの視点で描いた作品。今作は虐待の被害者でも当事者でもなく、とばっちりの男の悲喜劇です。でも、どことなく「イニシェリン島の精霊」と同じようなブラックコメディっぽさや、苦味のある笑いのようなものが根底にあります。マクドナー兄弟はこういう匙加減が絶妙でいい。

殺人予告を受けた後、ジェームズは島民たちのお悩み事や不平不満を聞いて回るんだけど、まぁ、とにかく島民たちがみんな超個性的。島民たちにとってキリスト教も信仰もどうでもいいみたいで、結局は人柄のいいジェームズをストレス発散のはけ口に使っているだけ。で、警部補の家を訪れて身の危険を感じている自分のことを相談しようとしたら男娼がいて、相談なんてできる状況じゃないという悲しみ。

いろんなものを引き受けちゃっているジェームズ。別な司祭の代わりに殺人予告されたのも、結局その延長線上ってことでしょうね。殺人予告をするとき、男は正体を見せていませんでしたが、ジェームズはきっと声で誰かはわかっていたはず。だから受け入れたんじゃないかと思います。

自分が殺害される期日が近づくほどにジェームズは、泥酔するわ暴力沙汰を起こすわで、司祭らしさを失ってめちゃくちゃになっちゃいます。司祭だからっていい人でいようとしたがゆえ、ついに崩壊しちゃった感じ。

「一番の徳は人を赦すこと」と娘のフィオナに語っていたジェームズ。いろんなものを赦したがゆえ、自分の死を招いてしまったわけですが、ラストでジェームズを殺した男と面会したフィオナは、男を赦したんでしょうかね。
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