藻尾井逞育

東海道四谷怪談の藻尾井逞育のレビュー・感想・評価

東海道四谷怪談(1959年製作の映画)
4.5
「血も涙もない極悪非道の伊右衛門。この恨みはらさずにおくものか」
「岩、俺が悪かった。赦してくれ」

備前岡山で、逆恨みからお岩の父・四谷左門を斬殺した民谷伊右衛門は、張本人でありながらその敵をとってやるとお岩に近づく。伊右衛門、お岩、その妹のお袖、悪党の直助らは、敵討の名目で東海道を下り江戸ヘ向かう。その後、伊藤家の一人娘を助けたことから、伊右衛門に婿入りの話が出て、たちまち彼はお岩を疎んじだす。伊右衛門は薬と称してお岩に毒薬を飲ませるが…。

色悪、と書いてイロアクと読む。もともとは歌舞伎用語で、悪役でありながらイケメンな役柄を指します。悪いからこそ男の色気がひきたつというわけで、なんとも危険な魅力のある言葉です。この言葉を知ったきっかけが、まさにこの映画の伊右衛門、天知茂さんです。常にニヒルに振る舞い、最後の大立ち回りでは額から血を流しながら切りつけた卒塔婆を肩にかけて見栄を切る。思わず「よっ、◯◯屋、待ってました!」と声をかけたくなるくらい、天知茂は私にとって未来永劫、色悪の代表取締役です⁈
映画は、数ある四谷怪談の中にあっても、鶴屋南北の世話物、「東海道四谷怪談」の本外題(正式名称)を引き継ぎ、冒頭、黒子が持つ燭台の蝋燭の炎がゆらめき、調子の高い義太夫が響きわたるなど、南北へのリスペクトがとても感じられます。その後、有名な4分にもおよぶ移動ワンシーンワンカットなど、76分間最後までぐいぐいともってかれます⁈
独特の美意識で表現されたまさに元祖Jホラーの面目躍如たるものですが、見返してみると、他のホラー映画と異なりお岩さんからの物理的な攻撃が全くないことに気付かされます。わかりづらいですが、伊右衛門の最期も刀を持ったお袖の腕を伊右衛門自身が掴み自ら斬りつけています。その間お岩さんはただそこにいるだけで何もしていません。ナイフやチェーンソーを持った相手なら、なんとか逃げられるかもしれないし、あわよくば反撃できるかもしれない。あるいはモンスターだけど太陽の光や十字架といった弱点を突いて戦えるかもしれない。それに対してお岩さんはただそこにいるだけですが、自分の影のように下手すると死ぬまでどこまでもついてまわる。どんなことをしても逃げられないコワさ。これは伊右衛門でなくても「赦してくれ」って、自分のやっていない罪まで認めちゃいそうなほど追いつめられそうでコワいですね。