YAJ

はじまりへの旅のYAJのネタバレレビュー・内容・結末

はじまりへの旅(2016年製作の映画)
2.4

このレビューはネタバレを含みます

 ロードムービーっぽいし、少し期待していたけど結果はイマイチ。貨幣経済、大量消費社会の是非には触れているものの、それがテーマでもなく、ヒッピー崩れの父親に振り回される子供たちが憐れだった。

 物語は単純。現代社会から離れ、森で自給自足の暮らしをする父親と6人の子供たち。サバイバル術のみならず、食後はたき火を囲んで読書するなど一般教養も身に付け、多言語を操る(主演のヴィゴが実際そうらしい)。

 ある日、精神病治療で都会の実家にいた母親の自殺の報せを受け、家族は山を下り、2500kmのバスの旅をして葬儀に向かう。生前に母親が残した遺志を遂げるために・・・、というのが大筋。
 文明を否定した生活を送る人間が、都会に出てきてのドタバタは、いわゆるカルチャーショックもの?(『ブッシュマン』的な、あるいは『クロコダイル・ダンディ』か?)として観ていて楽しかった。いっそそのままコメディに徹したほうが良かったのかもしれない。

 作品として何を言わんとしていたかドシンと伝わるものがなく、現代社会や都会の暮らしの諸問題の提示に、観る側としていろいろ考えさせられた程度だった。



(ネタバレ含む)



 旅の途中、都会の暮らしに触れて驚いたり、彼らが森の生活で身につけた教養や能力が都会の子供たちと較べてズバ抜けているなどの対比が面白おかしく描かれる前半は楽しい。

 が、義妹の家庭や、実家の義父と対面し、彼らの中だけで築き上げてきた”常識”がボロボロと崩れていく(としか見えない)後半が、なんともイタタマレなかった。

 原題は「Captain Fantastic」だ。父親(ヴィゴ・モーテンセン)が、Captain(家長)としてもっと崇高に自らの教育方針で義父を説得し、力強いリーダーシップで子どもたちを導いてほしかったと思う。が、親であっても人としての弱さがあること、親であっても自省と軌道修正ができること。それが、この家族の、この作品としての光明だったのかもしれないが、メッセージとして弱い。

 とにかく、親の理想だけで子ども導いていくことの難しさは良く理解できた。是非もあろうし一定の時期までとは思うが子どもは親の「作品」だ。ただ、親が子どもに与えることが出来るものには限界がある(生半可な護身術の訓練シーンがある。ありゃどういう意味があったんだ?いずれ人間社会に出るときの用心か? 凶器を持った相手に下手に刃向うことのほうが危険だろうに)。
 どんなに優れた親でも、世の中の全てを伝えることはできないし、自分だけの価値観の押し付けは多くの危険を孕む(一歩間違えばカルト宗教だ)。

 人間という生き物は、いつのころからか、親だけではなく、社会の中で子どもを育てていく仕組みを作り上げた。その良し悪しは簡単には判断できないけど、人として生きていくなら社会との繋がりを否定することは出来ないんだな。理想と現実の対比を見せられ、ただただ「うーん」と考えてしまう作品だった。

 子どもに対する親の責任、影響力の範囲とその限界。この問題の本質は相当深く普遍的なテーマだ。何が正しくて、何が間違っているかの一律の解がないように、あらゆる物事とのバランスを見ながら常に考えて正解(と思われるもの)を局面ごとに選び取っていくしか出来ないものだろう。

 そのことに考えが至っているのか?というのが本作品の問いなのかもしれない。現代社会の在り方に何の疑問を持たず思考停止の暮らしを送っている人々(その代表として義妹一家)が、この作品をどう見るか、どう捉えるか。そんな点が興味深いのかもしれない。

 製作陣の深い意図までは残念ながら読みとれなかったが、国内向けTrailer映像を見る限り、日本での配給側の意識、姿勢は、どちらに近いかは判る気がする(それはいみじくもこの映画の視聴ターゲットの観客の思考、いってみればレベルに合わせているとも言えるんだけど)。

 個々のエピソードは楽しく、美しく、アコースティックなBGMと相いまった素敵なシーンが多い(サントラ、ちょっと欲しいかも)。ただ、自分としては、”食料救出作戦”の時点でドン引いてしまって、それ以降で父親たるベンの行動にほとんど共感できなかったのが正直な感想。ありゃほとんど犯罪だ。

 そんな親でも見捨てない子どもたち姿には感涙を覚える。子どもにとって親の存在は絶対だ。ある時に親離れの時期を経て、その価値観を自分なりに消化するなり乗り越えていくもの。そのために、子どもにとっても正しい選択が出来るだけの知識、環境、情報は必要だ。それは、常日頃から。
 ある日突然、当の親からこれまでの価値観が間違っていたなんて告げられたら、ミモフタモあったもんじゃないよな、まったく。
YAJ

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