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リリーのすべてのMSTYのレビュー・感想・評価

リリーのすべて(2015年製作の映画)
4.5
トランスジェンダーを扱った映画です。

「ジェンダー」という言葉は元々文法上の性を意味する言葉として使われていたのですが、今日ではむしろ、社会的・文化的な性を表す言葉として——そして、生物学的な性(セックス)と対になる言葉として——よく使われています。

アカデミックな分野では、性についての議論の蓄積があります。たとえば、セックスもジェンダーも結局はセクシュアリティ(≒性という概念の総体)に内包されるとか、ジェンダーは静的な「属性」ではなく行為遂行的な性質を持つ動的な概念だとか、そういったことです。とりあえずここではそんなに深入りせず書いていきますが、「特に西欧では、近代以降になってようやく、性についての多様な考え方が表出してきた」ということは頭に入れておくといいかもしれません。

この映画の原作は、世界で初めて性適合手術を受けたリリー・エルベの実話に基づいて作られた作品『The Danish Girl』(=デンマークの女の子)で、映画の原題もこれです。

「世界で初めて」という文言から察せられるように、この映画の舞台である1920年代後半は、「生物学的な性」と「性自認」が一致していない状態というのが精神異常だと考えられていた時代であり、まだLGBTという言葉もない時代でした(この頃は、たとえばフロイトが1905年に性理論に関するエッセイを発表するなど、性に関する議論がようやくまともに取り上げられ始めた時期です)。

映画の内容についての話に移ります。デンマークの風景画家アイナー・ヴェイナーは、肖像画家の妻ゲルダとともに芸術を追求する充実した生活を送っていたのですが、アイナーはふとしたことから、自分の内側に潜んでいた「女性としての自分(リリー)」の存在に気付いていきます。そんなアイナーに対してゲルダは戸惑うのですが、やがてアイナーの望みを受けいれて、ありのままのアイナー/リリーと向き合おうとします。アイナーは自分の身体が男性であることに耐えられなくなり、これまで誰も経験したことのない「自分の身体を男性から女性に変える手術」、つまり性適合手術を受けることを決心します。

性的少数者としての個人の悩みと、夫婦関係の悩みという、少なくとも当時は今以上に両立させることの難しい2つの問題についてどこまでも悩み抜いた上で決断を下し、この悩みに理解を示してくれる医師の協力を得て、アイナーは最終的に女性の体となることに成功します。

映画の最後は切ない形で終わりますが、アイナーが望みを叶えるまでの苦悩(アイナーの苦悩とゲルダの苦悩)が全編を通じて丁寧に描かれています。特に人間関係の心理描写が素晴らしいです。

世の中で「当たり前」とされる考え方とは違った考え方を貫き通すというのは、とても勇気がいりますし、周囲からの「理不尽」な言動に対する忍耐も必要となります。自分を貫き通し、そうした理不尽さに対抗するアイナー/リリーの姿を見て勇気付けられる人もいることでしょう。この映画は、その意味ではすごく強いパワーを秘めた映画だと思います。
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