イルーナ

ブレンダンとケルズの秘密のイルーナのネタバレレビュー・内容・結末

ブレンダンとケルズの秘密(2009年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

キリスト教と土着の信仰が共存していたころのアイルランド。
ヴァイキングの脅威に晒されながらも、守り抜いたものがあった。それこそが後の国宝「ケルズの書」だった……

日本ではいくつかの映画祭で上映されたのみで、長らく視聴機会に恵まれてなかった作品ですが、『ソング・オブ・ザ・シー』の翌年に全国で公開された本作。
私も『ソング・オブ・ザ・シー』でカートゥーン・サルーンを知ったクチなので、当然この映画も観に行きました。

本作は初期の長編ということで、一番土着のカラーが出ています。
なんせ「世界一美しい本」と呼ばれる書物がテーマ、ネットで上がっているページを観ているだけでも、恐ろしく精密かつ華麗。
アウトサイダー・アートの絵を美術館で見た時も、もはや執念としか表現できないほどの緻密さに圧倒され、息が詰まりそうな思いをしたのですが、この書の現物を見たら、きっと心を奪われて、しばらく動けなくなりそう……
そんな偉大な書物をテーマにしているだけにプレッシャーも半端じゃなかったと思いますが、芸術クラスの美術と、とっつきやすいキャラデザがもうすでに完成されていて驚かされます。
逆に侵略者であったバイキングは感情表現などを一切廃した災厄として描かれる。あくまで「災厄」であって「憎悪」の対象ではないのがポイント。

文化とはアイデンティティそのもの。
修道院長ことおじさんは無駄なことだと断じるが、それでも人は書くこと、描くことをやめられない。
個人的なことになりますが、絵を描いたり、学芸員の資格を取ったりした経験があるだけに、文化を受け継ぎ、守る姿はとても共感できるものがありました。
「この世は霧の中、はかないもの」。しかし、想いを受け継ぐことはできる。
その一方で、聖コルンバやブレンダンに倒される太古の神クロム・クルアハの存在もある。
人身御供の儀式があったとされていますが、歴史的に見ても、こうした荒ぶる神は時代が進むにつれて「邪神」と見なされ、駆逐されていったんでしょうね……
信仰の痕跡はあっても、神話としてのエピソードが残ってないのがまさにそれで。

妖精のアシュリンは同じ土着文化のクロム・クルアハと違い、人間に割と協力的な存在ですが、この子中々のツンデレ。
最初は「さっさと帰って」な態度だったけど、だんだん心を開いていくし、クロム・クルアハと対峙したときは終始怯え切っていた。
そしてパンガ・ボンの歌のシーン、本当に霧のようにはかなげで、まさに妖精の歌!って感じでした。

しかし、あれだけ反感を買いながらもケルズを護ろうとしたのに、結局報われなかったおじさんが切なすぎる。
かつては装飾師だったという過去があるから、余計に……
それだけに、長い年月を経て大きくなったブレンダンと再会する結末に救われた思いです。

ただ初期の作品故に、洗練されてないというか、粗削りな部分があるのも事実。
冒頭のガチョウを追うシーンはまんまアメリカのカートゥーン的ドタバタだし、クロム・クルアハの領域に足を踏み入れる場面では「え?ブレンダンってこんなキャラじゃなかったよね?」と首を傾げました。
さらにラストは駆け足で「え?もう終わり?」ってなってしまいました。
映画館で観た時はすごい没入感だっただけに、余計にそう感じてしまったのかもしれません。
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