eikotomizawa

弁護人のeikotomizawaのレビュー・感想・評価

弁護人(2013年製作の映画)
3.7
ソン・ガンホ演じる主人公ソン・ウソクは、故・盧武鉉大統領をモデルにしている。

以下自分のための補足メモ

本作では、1978年から87年頃までの韓国・釜山を舞台に、ソン・ウソク≒政治の世界に進む前の廬武鉉(ノ・ムヒョン)の姿が描かれる。もちろん映画向けに創作された部分もあるが、大筋では事実をほぼ正確に描いているという。

 では、廬武鉉の歩んだ道を、簡単にまとめてみたい。それは即ち、本作の内容の紹介になるし、主演俳優のガンホが、朴政権に目を付けられた理由の説明にも繋がる。

 1946年、釜山の貧しい農家に生まれた廬武鉉。頭脳は優秀ながら、お金がなかったため大学に行けず、アルバイトをしながら司法試験の勉強を始めた。

 途中3年間の徴兵期間を経て、75年=29歳の時に、司法試験に合格。裁判官を経て弁護士となる。本作ではこの辺りから文字通り彼の弁護人としての活動が描かれる。弁護士活動が注目され、廬武鉉は、野党政治家で民主化運動のリーダーの1人だった金泳三(キム・ヨンサム)から、政界入りを薦められる。そして88年に、国会議員に初当選。政治家の道を歩むこととなった。
 国会での鋭い不正追及でスターとなった廬武鉉だが、権力側と野合を行った金泳三とは、やがて袂を分かつこととなる。金泳三は93年に大統領となるが、それも原因となって廬武鉉は、選挙では落選を繰り返すこととなる。

 しかし98年に大統領となった、“左派”で“進歩派”の金大中(キム・デジュン)の下で、2000年に閣僚入り。廬武鉉は海洋水産部の大臣を務め、次期大統領候補に浮上する。
 そして2003年、金大中の後を継ぐ形で、廬武鉉は大統領選に勝利。第16代大韓民国大統領に就任することとなった。

 韓国の大統領の任期は、1期5年と決まっている。廬武鉉政権の任期は、改革志向の政策を“保守系”のマスコミから目の敵にされたこともあって、批判に曝された5年間となった。不動産政策の失敗や経済的不平等の拡大に失望の声が上がり、北朝鮮に融和的な“太陽政策”が、北の“核実験”によって破綻したことも重なって、支持率は急降下していった。
 金大中・廬武鉉と続いた、10年間の“左派”“進歩派”政権に見切りをつけた国民は、2008年、次の大統領に“保守派”で“右派”の李明博(イ・ミョンバク)を選んだ。

 では退任後の廬武鉉は、どんな生活を送ったのか?失意の日々を送ったのか?
 そうではない。彼は故郷の農村に戻り、村の人々と農業の研究に勤しんだ。そして合鴨農法など環境型の農業を進め、農村の収益を高めることに貢献しようと努めたのである。それは、立ち遅れた地方の現実を何とかしたいという、彼の願いであった。

 こうした振舞いが、好意的に受け止められた。現職大統領としては記録的な不支持に泣いた廬武鉉は、退任した大統領としては、最高の人気を得ることとなったのである。
 これを深刻に受け止めたのが、廬武鉉の後を襲った、李明博大統領。就任直後から失政が重なって、前任者と比較されることが多くなった李明博は、マスコミ規制を強めると同時に、廬武鉉の“政治資金”を徹底的に洗い出そうとした。
 強大な権力を誇る韓国の大統領は、ほぼ例外なく、“金絡み”のスキャンダルで末節を汚してしまう。大統領自らが汚職に手を染めて断罪されたケースもあれば、その身内や側近が権力を笠に着て、不正な金を手にしていたケースも多々ある。
 廬武鉉は弁護士出身ということもあり、その辺りはかなり注意深く、不正な金は受け取らないように、借用書などの証拠を残していた。しかし大統領の任期中に、妻が企業家から100万ドルを受け取っていたことが、発覚。以降、自らも検察の厳しい調査を受けることとなった。

 大統領任期中に、検察の改革にも手を付けようとし、その幹部を度々批判してきたことも災いした。廬武鉉は数カ月に及ぶ厳しい取り調べで健康を害し、心身共にボロボロになっていった。
 遂には2009年5月23日。自宅の近所の山に登って、投身自殺を遂げてしまう。

判官びいきの側面もあるだろうが、廬武鉉の死後、彼を惜しむ声は尽きなかった。そして、彼を死に追いやった李明博政権を批判する声が、高まることとなった。
 2013年2月に誕生した朴槿恵(パク・クネ)政権は、李明博と同じく“保守系”で“右派”。1963年から79年まで16年間に渡って軍事独裁体制を敷いた朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領の娘であり、その影響もあったのか、強権的な政権運営で、“左派”“進歩派”を締め上げる動きを強めた。

 本作『弁護人』は、朴大統領就任から10カ月経った、13年の12月に韓国で公開されたが、その際にマスコミは妙なリアクションを見せたと言われる。ソン・ガンホを筆頭に、クァク・ドウォン、オ・ダルス、アイドルのイム・シワンなど有名俳優が多数出演しているにも拘わらず、“保守系”の全国紙が、事前の映画評などをほとんど掲載しなかったのである。
 公開後、観客動員が1100万人を超える、大ヒットとなった後は、さすがに無視できなくなったと見えて、論説やコラムなどで本作に触れるようになったというが、これは廬武鉉とは正反対の政治姿勢である、朴槿恵への“忖度”だったと見られる。映画『弁護人』を取り上げることに関して、自主規制を掛けたわけである。


引用https://www.thecinema.jp/article/777
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