突きつけられた不条理の中に漂う奇妙な滑稽味。
ぐっと冷え込む季節になった12月、帰宅するとコタツの中で丸くなっている猫を見て「猫っていいな」なんて思う今日この頃。ギリシャの奇才ヨルゴス・ランティモスは、そんな願望を奇想天外な世界で打ち砕いた。
独身者が罪とされる近未来、妻に捨てられたデヴィッドは独身者専用ホテルに収容され、45日間以内にパートナーが出来なければ動物に変えられるという。なんともおぞましい世界だが、今作が持つテイストはホラーではなくシュールなブラックコメディ。禁じられた自慰を破った男が、トースターに手を突っ込まれる場面は笑ってしまった。
もしも世界が○○だったらという設定は斬新で面白いが、今作は発想だけで勝負という浅い脚本ではなく、非現実的な社会の中に「現実」を皮肉に描いている。失敗すると動物になる婚活パーティーは、未婚、晩婚化が進む現代社会へのユーモアな問題提起で、共通点探しは人間の無意識な行為ともいえる。
偽りの共通点でカップルになり、罰を回避する者、独身者狩りで滞在日数を増やす者、そこにあるのは他者を思いやる愛ではなく、自己愛に満ちた保身。デヴィッドはそんな世界から逃げ出すのだが、外側にあるのはユートピアではなく両極端なディストピア。
後半は独身者たちが隠れ住む森が舞台となり、レア・セドゥとレイチェル・ワイズの登場が嬉しい。人を愛さないと動物になる世界と、人間でいられるが恋愛禁止の世界。デヴィッドは両極端にある2つの世界に身を置くが、強制されるとできず、禁じられるとやってしまう彼に共感。
変態ワールドに引きずり込み、観る側に様々な問題提起をしたヨルゴス・ランティモスは「僕ちょっとトイレ」と言ってそのまま逃亡。そんなラストをどう解釈するのか…。暗闇は愛の証しだと解釈し、エンドロールをぼんやり眺めていると聞こえてくる波の音…。牛を射殺するオープニングは「裏切り」への復讐なら、ラストの波の音も「裏切り」に思えた。