紅孔雀

ロブスターの紅孔雀のレビュー・感想・評価

ロブスター(2015年製作の映画)
4.6
45日間パートナーが見つからなければ動物にされちゃう、というトンデモ話。それも、水と石鹸で洗われて柔らかくなった皮を剥がされれる、といった残酷な方法が暗示され、寓意SFの枠に収まらぬシリアスさ(痛さ?)でした。ヨルゴス・ランティモス監督、初体験でしたが、さすが、ギリシャの鬼才と言われるだけのことはあります。なお、痛そうなエピソードは多いのですが、そういったシーンを直接描かないのもヨルゴス風。痛み描写に弱い身としては有難い作風でした。
その才能は冒頭から明らか。小雨降る中、車窓越しに老婦人が牛を撃つシーンがあるのですが、雨で視界が曇るとワイパーが動いてはっきり見えるようになる、というさり気ない演出が素晴らしい。昔、アナトール・リトヴァク監督の『さよならをもう一度』で、イングリッド・バーグマンが、車を運転しながら涙を流し、その涙の雨を拭い去ろうと車のワイパーのスイッチを入れる、というシーンが評判になったことがありました。滝のように流れる涙、ワイパーが何度動いても視界は晴れない(当然ですよね。でもバーグマンはそれに気付かない)、という演出に、当時の観客は唸ったものですが、それに似た映像体験でした。
作品の雰囲気は、カフカや安部公房の作品に通じる不条理劇の様相。私には、優れた寓話は子供が見る白日夢に似る、という密かな信念があるのですが、本作視聴中は、まさにそうした悪夢の中を彷徨っている感じでした。例えば、瑣末事へのこだわり(背中に軟膏を塗ろうとするが手が届かない、お互い鼻血が出やすいことで仲良くなる、恋人たちが秘密の方法で通信する等)、あるいは無邪気な残酷さ(自慰をした手をトースターで焼く懲罰、いちゃついた唇を切る“赤い接吻”、そしてさらに怖そうな“赤い性交”等)は、そうした夢の中でこそ存在可能なのだと思います。
どうも理屈っぽくなりましたが、本作はそうした面倒な解説を超えた、映画としての魅力に溢れています。
森に徘徊する動物たちの不穏さ(特に、我が偏愛する孔雀の登場が嬉シイ!)、豪華な俳優陣の演技合戦(お腹タプタプのコリン・ファレル、勝ち誇った笑いのレア・セドゥ、失明後の演技が見事なレイチェル・ワイズ等)、そして全編を彩る音楽(ベートーベン初め巨匠達のクラシック、セドゥの両親が演奏する『禁じられた遊び』、そしてエンドロールに流れるソフィア・ローレンが歌う『島の女』のテーマ)等、実に映画でなければ味わえない体験でした。
次作『聖なる鹿殺し』も、その題名からして傑作の予感。早くWOWOWで観たいものです。
紅孔雀

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