えんさん

この世界の片隅にのえんさんのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.0
広島市・江波で、のり養殖をやっている家で生まれ育った少女すず。幼き頃から厳しい兄、慕ってくれる可愛い妹とともすくすくと育った彼女だが、小さい頃からのほほんとした性格であり、大人には見えないものが見えたり、同級生のために得意な絵を描いたりして過ごしていた。昭和19年、18歳となったすずは軍港のある広島・呉に嫁入りする。戦況が悪化し大切なものが奪われていくが、彼女は前を向き、日々の暮らしを愛おしみながら生きていく。。第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞に輝いた同名漫画を、「マイマイ新子と千年の魔法」の片渕須直監督が映画化した作品。クラウドファンディングサイトで資金調達を行い、3千人を超えるサポーターからの記録的な支援が集まったことでも話題となっています。

2016年11月段階で、アニメ映画「君の名は。」は邦画での歴代3位の194億円を稼ぎ出したと話題になっていますが、一方でミニシアター系で興収3億円というビックヒットを生み出して話題になっているのが本作。公開劇場も当初の予定からジワジワと拡がってきていて、一般の皆さまの目に触れることができるようになるかも時間の問題かと思います。という僕も当初は観る予定はなく、この話題になって観たクチです(笑)。そもそも戦争映画があまり好きではなく、外していたのですが、これだけヒットしていると観ないわけにはいかないでしょう! これが今までの戦争映画の枠を、いい意味で外してくれた作品かなと思います。

そもそも僕が戦争映画が嫌いなのは、小学校の頃に観た「火垂るの墓」だったり、「はだしのゲン」だったりの恐ろしいと感じたトラウマが未だに拭えないから。やはり、身近な人間が戦争によって死ぬということが、これほど残虐に描かれるというのが小さいながらショックで、それからこの手の映画というのは苦手になってきたのです。こうした戦争映画と呼ばれるものは、日本では特に、こうした戦争の残虐性を描いて、こうした酷いことは二度と起こしてはならないという反戦の意味を投げかけてきた。映画を一つのメディアだと捉えれば、それは戦後の日本が追った深い傷に起因し、世界もそれを望んでいるという形なのかもしれません。しかし、思えば戦後70年。80年位前に遡れば、戦争は好景気をもたらすもので、戦争が始まれば、それこそ今で言えば、ワールドカップで日本が決勝に進むくらいの祝賀だったに違いないのです。例えば、その時代における戦争映画というのは、戦後引きずっている反戦という形とは別の枠組みであったのです。戦後70年以上が経ち、記憶として戦争を留める世代が80〜90代となってきた今、戦後続いてきた反戦という形の戦争映画をどうするのかと対峙しているのが、本作だと思います。

この作品、確かに太平洋戦争に突入していく昭和19年以降の状況が、お話として大きく割かれて描かれていますが、戦争があるということが、特に大きく描かれていきません。雰囲気としては、何だかジブリの「ホーホケキョ となりの山田くん」のような、主人公・すずが関わる家族のほのぼの話しか描かれていかないのです。しかし、幼少期のすずの穏やかな生活と違い、戦時下では食料が配給制になり、道端の草木を積んで工夫をしないと食卓が揃わなかったり、いよいよ空襲が激しくなると、防空壕を掘ったり、実際に避難をしたりしていく毎日にはなるのですが、その中でも、あくまで日常生活が主軸に描かれていく。そこでは恋をしたり、料理をしたり、届け物をしたり、田舎に戻ったり、義姉との関係がうまくいかんかったり、、と、今の私たちと全く変わりのない生活がある。そう、この映画の凄いのは、今の私たちでも共感できる生活がそのまま描かれていることなのです。

それでも、戦争という影が映す厳しさは間接的に描かれていく。食料が段々となくなっていくのはもとい、闇市では高価で出先の怪しい品が横行する。空襲で焼け出される人、原爆で道端でなくなる人と死が間近に迫り、焼夷弾や戦闘機からの機銃照射の恐怖にさらされてくる。しかしその中でも、私たちと同じように日常の生活があった様が淡々と描かれていくのです。それは当たり前といえば当たり前なのですが、今までの戦争映画では特に悲劇的になる部分しか取り上げられなかったのに対し、この映画の形はすごく特異的に映るのです。戦時下で生きて大変でしたね、、という一言でくくらないでくれ、私たちも幸せに生きたんだ!という熱いメッセージが作品から声高に感じるのです。

なので、この映画は戦争というものの向き合い方に対して、真摯なまでに中立なのです。戦時下なのでもちろん生活は苦しくなったし、死の影はそこらかしこにあったので、やはり戦争はダメなのか。貧しき中でも兵士になることで身を立て、お国のために戦えた名誉があった時代なのか、、感じるのは観る側に委ねられるのです。ラストに、すずに大粒の涙を流させることからも、戦争であることをマイナスとは捉えていない凄さがあるとも思えます。戦争を知らない世代が多くなってしまった今だからこそ、戦争があった時代を否定することだけではなく、その時代にどう人は生きていたかを見直す必要があると教えられる作品であったと思います。