こたつむり

この世界の片隅にのこたつむりのレビュー・感想・評価

この世界の片隅に(2016年製作の映画)
4.2
★ 残酷な現実と、優しすぎるあなたの狭間で

快晴の中で閃光が目に沁みて。
やがて遠くの空に雲、雲、雲。

遅効性の衝撃作でした。
ガツンとではなく、じわじわと動けなくなっていく…そんな作品ですね。

物語としては昭和初期の日常を描いたもの。
主人公《すず》が洗濯したり、掃除したり、ご飯を作ったり。勿論、時代が揺れ動く影響は散見されますが、根底に流れるのは庶民の感覚。

それを際立たせるのが圧倒的なリアリズム。
例えば、舞台となる家にしても、畳の大きさや、家具の黒ずみ方、昼間の居室の仄暗さ。どれもこれもが木造家屋のかび臭さを感じさせる鋭敏なセンスで描かれており、昭和の雰囲気を再現していました。

また、人々の暮らしを見ても。
配給制の中、限られた食材で工夫した料理や、着物も食べ物も無駄にはしない姿勢(鉛筆一本も貴重品)などを背景に溶け込ませるような淡い色付けで描写しているのです。

これはアニメだからこそ醸成できた空気感。
もしも、実写で再現するなら膨大な労力が必要だと思いますよ。焼夷弾で日常は灰燼に帰し、復興意識が“歴史”を漂白しましたからね。年季が入った“ざらついた汚れ”は容易に作れないのです。

しかし、本作が伝えたいのは、戦争の悲惨さだけではなく、日本人が忘れてしまった温もり。窮屈で湿っぽくて水平線を眺めるだけの日々だとしても、他人を“赤の他人”として捉えない優しさが在った…それをさり気なく描いているのです。

しかも、彼らは柳のように強かだから折れません。多少の不具合は「どうにかなるよ」と言わんばかりに受け流してしまうのです。実のところ、哀しい場面よりも、温もりを感じた場面(特にスタッフロール)で目を濡らしたほどに前向きでした。

まあ、そんなわけで。
今更ながらの鑑賞でしたが、この時期まで待った甲斐がありました。劇中の季節に合わせるように、汗をかきながら鑑賞したから…温もりも哀しみも、より一層強く感じたのです。そういう意味では、今年は猛暑だから尚更にベストでした。

最後に余談として。
《すず》の顔が好きです。
「たはぁ」って言いながら、目が不等号(或いは矢印)っぽくなるのが好きです。
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