こたつむり

ある男のこたつむりのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
3.8
♪ 笑えもしない 涙もしない 発狂してた
  黄昏時 暗闇時 息を殺す
  ああ 影絵の中で独り 置き去りのまま

足し算よりも引き算が大切。
一般的に創作において言われることですね。言い換えるなら余白が大切。

つまり、語り過ぎは悪なんです。
むしろ邪悪と言い換えても過言ではなく。最低限の表現で最大限に伝えることが理想。

そう考えると、本作は惜しいんです。
中盤のゾワゾワする感覚とか。着地点で語りたいこととか。もう少し余白を大切にしてくれたら、声が出るほどの傑作となった…そんなポテンシャルを持っていました。

ただ、面白いのも事実。
配役も良かったですしね。
特に主演の妻夫木聡さん(最初は安藤サクラさんが主演かと勘違いしてました…)が良いです。

張り付いた笑顔が巧いんですよね。
だから、本作の根底にある“歪な固定観念”が重しとなって人を潰してしまう…そんな想像を喚起させ、お尻の方がゾワゾワしちゃうんです。

あと、さり気ない日常の切り取り方が見事。
映画は現実を切り取る側面がありますが、その選択がベストオブベストなんですね。だから、断面が綺麗なんです。この辺りはロケハンが良かったのかも。準備を疎かにしなかったんでしょう。

仕上げたのは『愚行録』の石川慶監督。
人間の“業”のようなものを切り取らせたら天下一品…そんな御方なのかもしれません。そう考えると、邦画特有の余白を塗り潰す風潮に唾を吐いてほしいものですが。

まあ、そんなわけで。
少ない余白の向こう側にチラリホラリと見え隠れする“胡散臭さ”をどのように捉えるのか…で印象が変わる作品。冒頭20分は少し退屈ですけど、それは全ての布石なので我慢してください。

というか、映画の評価は観客次第。
受け取り側の想像力が足りなければ、面白いものも面白くなくなっちゃいますよね。本作はそんな試金石に丁度良い作品だと思います。
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