あくとる

ベイビー・ドライバーのあくとるのレビュー・感想・評価

ベイビー・ドライバー(2017年製作の映画)
5.0
"This is my KILLER TRACK."

※自分語りと後半ネタバレを含むのでご注意ください。

『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』公開記念に。
現時点で自分の生涯ベスト映画です。
もはや自分のために作られたんじゃないかとバカな妄想をするほど全てが自分のツボにハマっている。
なぜそんなにこの映画に惚れ込むのか、その馴れ初めを書きます。
もしくはエドガー・ライトへのラブレター。
ゆえに多分に自分語りを含んだ内容になるのをご容赦ください。

2017年の夏。
その時の自分は学業で大きな挫折を味わって精神的にひどく落ち込み、医者に勧められてしばらく休養を取ることに。
言ってしまえば引きこもりのニートに。
まさに人生でどん底の時期でした。
少しでも気晴らしになるかと、時々映画鑑賞には出かけていましたが、どこか罪悪感があって心からは楽しめず。
先の見えない将来に暗澹とした気持ち。

そんな中で『ベイビー・ドライバー』が日本公開。
大好きなエドガー・ライト監督作品であり、海外での評価が高く(確か当時はRottenのスコアも100%近かった)、ヒットもしていると聞いて期待はしていたものの、「エドガー・ライトなのにコメディじゃないのかぁ」とそこまで乗り気ではなかった。
それでも自転車を1時間ほどこいで上映している映画館へ(公開規模がやや狭くて身近な映画館ではやってなかった)。
『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』と二本立てにして鑑賞。

映画が始まり、最初のカーチェイスからのオープニングシーケンス(ベイビーがコーヒーを買いに行って帰るまで)までを見た自分は、すごい技術力だとは思いつつも、「こういう気の利いた演出の続く映画なのね」とどこか冷静だった。
そんな自分の目が覚めたのはベイビーが家で”サンプリング”をして音楽を作るシーン。
ここで自分は完全にやられてしまった。
ベイビーは育ての親である耳の聞こえない老人ジョセフと仲良く暮らしてはいるが孤独。
過去の過ちから自主的ではないが犯罪に手を染め、組織から抜け出したくても抜け出せない日々。
親がくれたiPodと音楽が親友であり、サンプリングは言葉少ない彼が自分を表現する唯一の手段でもある。
また、サンプリングは"赤ちゃん"が言葉を覚える過程で人の言葉を反復するようでもあり、それがベイビーが組織を生き抜くうえでセリフにも巧く落とし込まれている。
この時点で自分はベイビーの孤独と心を重ねてしまい、泣けてしょうがなかった(ただし、自分はWalkman派)。
自分も人づきあいは苦手だし、多くの時間をイヤホンで音楽を聴いて過ごしているし、なによりもサンプリングで作り上げる音楽を愛しているからだ。
この時点で自分は120%の感情移入をしていた。

ベイビーは母親が働いていたダイナーで聖女のようなデボラと出会う。
本作のリリー・ジェームスは本当にキュートで美しく最高のヒロイン。
二人の仲を深めるのはやはり音楽である。
恋愛物が苦手な自分でも、この二人ならいつまでも見ていたい、応援したいと思わせる美しいカップル。

デボラという運命的な存在と出会ったベイビー。
彼は今まで目を背けて(誤魔化して)きた自分の罪を、ついに”サングラスを外して”直視する。
そして、組織から抜けてデボラとの新しい人生を歩むことを決心する。

最後のミッションのメンツは凶暴なバッツ、ベイビーに優しいバディとその恋人のダーリン。
しかし、このミッションには破滅の気配が漂っていた。
細かい言及は省くが、全編にユーモアはありつつも、とにかく胃が痛くなるような緊張感が続く。
その不協和音の原因は全てをかき乱す悪魔のような男バッツの存在である。
彼の邪悪さがあるからこそ、「I moved!」は思わず拍手したいほどの名台詞であり、この映画の白眉のシーンである。
その後のFocus『Hocus Pocus』が流れる中、手に汗握る鮮やかな逃走劇が繰り広げられた後、Queen『Brighton Rock』が鳴り響く壮絶なクライマックスへ。
ある一人の男がヴィランへと変貌する過程が見事に描かれている。

意識を取り戻したベイビーの隣にはデボラ。
そして流れるのは母親Sky Ferreiraが歌う『Easy』。
ベイビーはジョセフのように手をスピーカーに当てて、その振動の中に母親の存在を感じる。
自分はここでいつも涙腺決壊してしまう。

物語の終わらせ方も誠実でよい。
優しい恩赦はあるものの、しっかりと罪を償う。
クリーンになってデボラと結ばれるハッピーエンド。
文句なしの作品を見た喜びでエンドクレジットで泣き、『Was He Slow?』で笑わせられる。

初めてみたときは茫然としながら、売店に直行してパンフレットを買い、気付いた時には夜の回のチケットを買っていた。
一日に同じ映画を二度見たのは後にも先にも『ベイビー・ドライバー』のみである。
正直、間に見た『ファウンダー』はいまいち頭に入ってこなかった。
その後も爆音上映やら何やらで見たり、勿論ブルーレイを購入した。
見直すたびに技術力の高さや演出の巧さに驚かされる。
サントラも二種類買って聞きまくった。
自分にとっては本当に特別な作品。

これが自分にとっての現時点での生涯ベスト作品との馴れ初めです。
幸い今は何とか仕事にも就いてそれなりにやっています。
今思うとこの映画との出会いは自分の中で大きな希望や喜びだったと思います。
元々エドガー・ライトは『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ホットファズ』で好きな監督でしたが、感謝してもし足りない最も敬愛する監督になりました。
万が一『ラスト・ナイト・イン・ソーホー』が酷い内容だったとしても(そんなことはまずないだろうけど)、自分は肯定する気満々です。

本当にありがとうエドガー・ライト監督。
あなたの映画に救われました。