あくとる

レディ・バードのあくとるのネタバレレビュー・内容・結末

レディ・バード(2017年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

☆2018年鑑賞作品 マイベスト10♯1

6/4、6/7、6/10の計三回観賞。
輸入盤BD、サントラ購入済み。
完全にこの映画に惚れ込んでいる状態です。

予告編の時点で自分でも不思議なくらい涙腺を刺激されてしまい、公開をずっと心待ちにしていた本作。
案の定、自分の上京経験や家族との関係を重ね合わせてしまい、とても心に刺さりました。
ボロボロにやられました。
(しかも、見るたびに泣けるシーンが増えるという…)

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自分は何者なのか?
特別な存在になれるのか?
人に認められるには?
成功とは?幸せとは?
誰もが若いときに抱く悩みは自分、自分、自分のことばかり。

「イケテる自分になりたい!」
「こんな田舎なんて嫌い!NYに行かなきゃ!」
こんな青臭い思いを胸に「恋だ!青春だ!」とがむしゃらに、端から見ると滑稽に突き進む主人公。
若さは人を盲目にし、大人の冷静な意見などは鬱陶しいばかりで、つい反発をしてしまう。
その厳しい言葉の裏にある愛情にはなかなか気づくことができない。

母親とのすれ違い。
知らずにいた父親の長年の鬱、そして失職。
良い大学を出ても仕事に就けていない養子の兄。
家族と自分の関係、距離。

中盤の修道女教師のセリフが響く。
「注意を向けることは即ち愛情。」
文句が出るのは愛しているからこそ。
無視されるのが一番辛い。

母親の手紙。
親から授けられた名前。
ダサいヒットソング。
日曜の礼拝。
離れてやっと気づくものがある。
あんなに嫌いだったはずのサクラメントが光輝く。

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自分が"ベイビー・ドライバー"を愛してやまないのは「登場人物全員に血が通っていて、映画内の物語だけでは語られない過去や未来までも感じさせる(想像させる)」からなのです。
この"レディ・バード"もまさにそんな映画です。
誰もが苦しみを抱えながら生きている。

暫定2018年のベストガール!
シアーシャ・ローナン演じるボンクラ女子高生クリスティーン aka "Lady Bird"。
自分のことをレディ・バードと呼ばせたり、自分の家を豪邸(ダニー家)だと嘘ついたり、張り切ってダサいドレスを着たり…
行動がとにかく痛くてかわいいのです。
(Easy Aのエマ・ストーンをちょっと思い出した)

レディ・バードとは"全く包み隠す気がないオ◯ニー話"をする親友ジュリー(演じているビーニー・フェルドスタインはジョナ・ヒルの妹と知ってビックリ&納得)。
彼女は彼女で数学教師への淡い恋心を持って撃沈していたり、母親に新しい男が出来たり。
語られはしないけど、彼女にも彼女の悩みが、人生がある。

レディバードがプロムに誘おうと家を訪ねると、そこには泣いているジュリー。
「大丈夫?どうかしたの?」
「何も、ただ幸せになれないの…」

仲直りのシーンでも感動を引きずることなく、すぐに馬鹿話を始める、そのバランスも好ましい。

【ルーカス・ヘッジズ演じるダニー】
裕福な家庭で育った純朴な青年。
ゲイであることを誰にも言えず、自分を偽ってストレートとして振る舞っていた彼の苦悩。
その苦悩を理解し、彼の裏切りを許したレディ・バード。
最後の演劇での「僕を自由にしてくれ」という心の底からの叫び。

"マンチェスター・バイ・ザ・シー"に"スリー・ビルボード"、その次はこれって…。
ルーカス・ヘッジズはつくづく作品に恵まれている。

【ティモシー・シャラメ演じるカイル】
"君の名前で僕を呼んで"同様に内省的かつミステリアスなムードを醸し出すが、この作品ではその雰囲気がユーモアとして巧く機能していた。

ガンで先の長くない父親と暮らしている彼。
「この学校を選んだのは父が喜ぶから。」

彼はレディバードの純真さを踏みにじったくそ野郎なのだけど、その境遇や父への愛情、優しさを考えるとどうしても嫌いになれないのです。