真一

帰ってきたヒトラーの真一のレビュー・感想・評価

帰ってきたヒトラー(2015年製作の映画)
5.0
 喜劇だと思って笑いながら観ていると、最後にヒトラーから恐るべきメッセージが飛んできてゾーッとする。最高に面白くて最高に怖い反ファシズム映画の大傑作。

 「君はニヤニヤしながら私を見ていたね。私の発言に怒りを感じなかったね。これで君も立派なナチ党員だ」ー。現代のドイツ社会に復活したヒトラーが発するメッセージは、この点に尽きると思う。そう、現代ドイツ人も、私も、あなたも、口では「ファシズム?反対に決まってるだろう」と言いながら、実のところ何がファシズムか分からず、それが目の前に出現しても笑ってみているだけだというトホホな現実に、この映画は警鐘を鳴らしているのだ。

 アドルフ・ヒトラーは、ワイマール憲法に基づく民主主義選挙によって選ばれた人気政治家だった。そして幾度の選挙を通じてナチスの党勢を拡大。主権在民を掲げたワイマール憲法を、なんと民意の力で葬り、ナチス独裁体制を築いてしまう。つまり民主主義を否定し、ヒトラー独裁を熱烈に後押ししたのは、圧倒的多数の「民意」だったわけだ。そしてヒトラーは際限のない侵略戦争とユダヤ人虐殺を繰り広げた後、ソ連と米英をはじめとする連合軍に完敗を喫し、拳銃自殺する。

 そのヒトラーが、なぜか2014年のドイツに復活したのが本作品だ。ベルリン市民は、街角でポーランド侵攻を主張するちょび髭のヒトラーを見て、最初は「なんだこの親父。本物そっくりだ」とバカ笑い。そのうち「すごい人気だね。ツーショットいい?」とスマホを向けるようになり、最後は「よく聞くと、結構いいこと言ってるぞ」と支持の輪が広がっていく。その過程が、めっちゃリアル!

 ドイツと言えば、ホロコーストを含む過去の歴史に向き合うとともに、人権教育を徹底してきた先進的民主主義国家というイメージがある。しかしこの作品は、復活したヒトラーが市民にちやほやされたり、テレビ番組の視聴率アップに一役買ったりするシーンを通じて「現代ドイツも、まだまだレイシズムやファシズムを受け入れる余地がある」と私たちに訴えかけてくる。ドイツと言えども、反ファシズムは社会的規範になっていないというのだ。

 反ファシズムが現代ドイツの社会的規範になっていれば、ヒトラーの「ポーランドを攻めろ」などという街頭演説を耳にした多くのベルリン市民は、怒りをあらわにしてヒトラーを取り囲み、演説をやめさせるはずだ。電車内で暴れる酔っぱらいを、見るに見かねた乗客たちが取り押さえるように。しかし、本作は、ヒトラー演説に対してはそうしたリアクションが期待できない、と結論付ける。ファシズムは現代ドイツにおいて、いくらでも復活の余地があるというわけだ。あまりに的確で、鋭い分析と言わざるを得ない。

 では、私たちが暮らす日本はどうか。私たちはそもそも、軍国主義時代の歴史を授業で学んでいないし、それらしい民主主義・人権教育も受けていない。ファシズムへの鈍感さ、無防備さという点では、ドイツのはるか先を突っ走っていると考えていいだろう。

 虐殺が起きた南京攻略当時、東京・銀座のデパートは空前の大賑わいを呈し、真珠湾奇襲作戦直後のビアホールは国際問題で熱弁を語るサラリーマンで超満員だったと聞いたことがある。ファシズムには、死神マークも血糊も付いていない。ファシズムは明るい。笑顔でやって来る。

 だからこそ、思う。強く思う。「帰ってきたヒトラー」は、必見の作品だ。
真一

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