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ガタカのDのレビュー・感想・評価

ガタカ(1997年製作の映画)
4.9
少し前に鑑賞し直したのでマークを消して再びレビュー。前のレビューが雑だったので。せっかく大好きな映画なのに。

プロットは「わかりにくい(ように思われる)話をわかりやすく描く」ことが根幹にあるようなもの。せっかくわかりやすく分かりにくさを書いてくれているので、僕ももう少しわかりやすく書くことにする。
物語の時間軸はそう遠くない未来。遺伝子を予め操作して「できる限り完璧に近い人間」を産むことが可能になった世界が舞台。肌の色や出自ではなく、遺伝子で差別されるような時代。
主人公ジェロームはこの世界においては弱者として存在し、強者になることが定められた弟にあらゆる点で負けていた。そんなジェロームは、完璧たちの中でも特にエリートしか入れない宇宙開発会社Gattacaに入社することを夢見る。

難しそうだけど何とも面白そうなプロットだし、実際に非常に面白いのだが、この映画の真骨頂は、少なくとも僕にとってはそこではない。
この映画の良さは圧倒的なナルシシズムである。
まずタイトル。Gattaca。お気づきの人も多いだろうがDNAの四塩基(G グアニン;A アデニン;T チミン;C シトシン)である。この4つのアルファベットを使って「Gattaca」ほどクライブクリスチャンの香水の匂いがしそうな文字列を想像できるだろうか。

登場人物のルックスや表情も全て小気味良いナルシシズムが感じられる。イーサンホークもユマサーマンもジュードロウも、みんな生まれながらのナルシストの役をしている。ラップトップの画面を覗いている時も、車を運転している時も、海を泳いでいる時も、ランニングマシーンでトレーニングをしている時も、まるで目の前に姿見があるかのように錯覚してしまう。

そして台詞もいちいちむず痒くなるようなナルシシズムに溢れている。
—If you’re still interested, let me know.
と言われて(遺伝子検査に使える)1本の髪の毛を渡され、それを掴んだ人差し指と親指を解いて、
—Sorry, the wind caught it.
と云う。
ため息が出るほどのキザっぷり。今の若者が小さなハートを作る2本のくっついた指を解いてこの映画は大きなハートをくすぐってくる。

歯痒くてもどかしいことを表す隔靴掻痒(かっかそうよう)という四字熟語がある。「靴の上から痒い足を掻く」という意味だ。この映画は、スーツのジャケットを脱いでシャツの腕をまくって、私たちの心を服の上から愛撫してくる。じっくりと時間をかけて。しかも、キツすぎない香水の匂いと綺麗にセットされた髪の毛についたワックスの香りを空気に運ばせながら。

しかもこの映画、愛撫はするのにそれ以上のことはしてくれない。そういう意地悪さ(あるいはこれもナルシシズムの表れか)がある。エンディングでも「もうこれで終わりか」と思わせた我々を優しすぎる手つきで抱き寄せて、そっと眠りを待ってからその場を離れていく、そういう感覚に陥る。

と、ここまでガタカの良さをひたすら語ってきましたが、やっぱりこの映画最高ですよ。鬱陶しいほどのキザっぷりに嫌になる人もきっとたくさんいるでしょう。しかし少なくとも僕はそのキザっぷりから紳士的優しさとディレッタンティズムの倫理と慈愛を感じました。僕が憧れるナルシシズムはこれだなぁ。強烈な個性と揺るぎない自己愛と他者を受け入れる余裕と底無しの愛と寛大な精神。

タランティーノの映画の格好良さは、おそらく彼がずっと憧れ続けている、何にも侵害されない自由と、それ故に生じる緊張や任侠、そしてそれを貫き続けて走った時に掻く汗の臭さにあると思う。
この映画はそれとは全然違う、イタリアの、紳士的で、ラルディーニのスーツをビシッと決めてて、モテモテで、でもモテる理由はちゃんと女性と人格を持った個人として接しているからで、そんでもって自分のことが大好きで、それでいて常に"より格好いい"を目指す、そういう格好良さを持っている。

あ、それと、忘れちゃならないあれがありますね。最後の銀メダルを金にするシーン。キザここに極まれり。
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