エジプトのカイロ中央駅で働く人々の姿を描きながら、ある貧しい新聞売りの妄想と狂気を映し出した、エジプト映画界の巨匠ユーセフ・シャヒーン監督の代表作。1952年のエジプト革命によって君主制から共和制へ移行したエジプトではすべての映画製作会社が国営化されたが、そのような状況でも本作のような西洋的な映画を製作された（できた）ことの意義は大きい。
シャヒーン監督が自ら主人公を演じていたり、カイロ中央駅で働く労働者の様子（違法にジュース売りをしている女性たち、労働組合を組織しようとしているポーターなど）をロケで撮影している前半は、ネオレアリズモを彷彿とさせるような社会派感覚の作品に見えるだけに、後半になって突如としてフィルム・ノワール的な展開になったのには、確かに前半から主人公の性的な異常さ（と言っても、官能的な女性のポスターを部屋いっぱいに貼っているだけだが）を表現するなどしているにしても、いい意味での驚きだった。ネオレアリズモとノワールをうまい具合に融合していると言えるだろう。
ユーセフ・シャヒーン監督の感情の起伏に乏しい演技もサイコっぽくていいのだが、私が注目したいのは主人公の新聞売りが恋した女性役で出演しているヒンド・ロストム。「エジプト映画界のファースト・レディ」、「東洋のマリリン・モンロー」などと呼ばれるエジプトを代表する女優で、ハサン・エル・エマム監督の『Women of the Night (BANAT EL LAIL)』で注目された後、本作も含めて多くのエジプト映画に出演している。本作で見せる彼女の微笑みがとても印象的であった。
