ヨルト

シング・ストリート 未来へのうたのヨルトのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

もうどれぐらい昔だろう。車を運転していてラジオから流れてきた曲の歌詞を聞くともなしに聞いていたら、いきなり「And if I say ten Hail Mary's, leave a light on in heaven for me」という歌詞が耳に飛び込んできてびっくりした。

「天使祝詞を10回唱えたら、天国にわたしのためのあかりを灯しておいてください」

どう聞いてもポップスの曲調に、ガチガチにカトリックな歌詞がのっかっているミスマッチになんとも言えない衝撃を覚えた。

その場でCDを買いに行き、そのバンドはすでに解散していて、ソングメーカー兼ボーカリストがソロで活動していることを知った。すばらしくポップでふわっと飛翔するメロディーラインに、明らかにスティーリーダンを継ぐ音作り、そこにイエスやらマリアやら聖人やらのカトリックカルチャーがふんだんに盛り込まれた歌詞がすべてツボにハマり、一瞬にして大ファンになった。それからもう何年もの間、iPodやiPhoneのプレイリストから一度も一曲も削除したことがない。

ソロアルバムを1枚出してその後は表舞台から消えたと思われたわたしの大好きなソングメイカー、Danny Wilsonのゲイリー・クラークの名前を久しぶりにメディアで目にしたのが、この『シングストリート』だ。かれはこのほんとうに気持ちのいい青春ミュージカル映画で、劇中のアマチュアバンドが1980年代の音楽シーンに影響されまくって作り出した「オリジナル曲」を何曲も提供している。

その曲にゲイリー・クラークっぽさはない。かれはここで完璧な職人芸を披露している。バンドの少年たち(14歳!)が当時のヒットソングに影響を受けて作る「◯◯っぽい曲」を、100%の流行りの寄せ集めから少しずつ自分たちのオリジナリティを加えていく(だから曲としては逆に輝きを失っていく)課程を見事に表現している。(それはメロディラインやアレンジだけではなく、歌詞にも現れている)

ここに「80年代のアイルランドで中学生たちがバンドを組んで少しずつ世界とつながっていく」ために完璧なひとそろいの楽曲ができた。(まず曲から作ったと監督談)そしてそこにそれをアクトアウトする完璧なキャストがそろえられた。主役にあれだけの歌唱力と、80年台のちょっとした高貴さと現代の目力の両方を併せ持ったビジュアル、それでいて映像作品慣れしていないフェルディア・ウォルシュ・ピーロを得た時点で成功の半分は約束されたと思う。ラフィーナ初めほかの子どもたちも「キャラが立って」いて、いじめっこを含めみんなとてもよかった。

けれどこの作品を見ている最中も、見終わった後もずっとずっと続く「気持ちのよさ」は、ひとえに主人公の兄を演じたジャック・レイナーを源泉としていると思う。映像作品初出演の役者が多かった中、兄役にしっかりとした演技力を持つ彼を据えたキャスティングが本当に光っている。ある意味、彼ひとりで当時のアイルランドの閉塞性、時代や地域を超えてふつうの「大人」が抱える夫婦問題や経済問題ではなく、あの時代、あの土地の若者たちが抱えていた固有の問題と、そんなものをどうにでもしてやろうという若さの無防備な無謀さのすべてを演じていた。

弟を見送った彼が思わず漏らしたあの叫びに、すべての大人が涙すると思う。あれは、自分はそんな壁が動くはずがないと思って押すことさえしなかったけど、果敢にも押してみる子が現れて、押したらここはドアだったよ、だからぼくは行くよ、と手を振って去っていく子を見ているときに思わず漏れる叫びだ。うらやましいんじゃない、悔しいのでもない、やったな!やったね!っていう100パーセントのしあわせなやつ。

初めてのポストだからいっぱい書いちゃった。なんか今のところ今年のベストとかここ数年のベストとかじゃなく、今までに見たすべての映画の中でいちばん好きかもというところまできている。
ヨルト

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