えんさん

エル ELLEのえんさんのレビュー・感想・評価

エル ELLE(2016年製作の映画)
4.0
新進気鋭のゲーム会社の社長ミシェルは、ある日、独り暮らしの自宅で覆面の男の襲撃を受ける。その後も不審なメールを受け取ったり、留守中に何者かが侵入するなどの奇妙な出来事が続いていた。自分の生活リズムを知っているかのように起こる犯行に、彼女は自分の周囲に疑念の目を向け始める。過去の悲惨な体験から警察との関わりを避ける彼女は、自ら犯人探しに乗り出していくが。。ポール・ヴァーホーヴェンがイザベル・ユペールを主演に迎えたサスペンス。原作は、「ベティ・ブルー/愛と激情の日々」のフィリップ・ディジャンの小説。

「スターシップ・トゥルーパーズ」や「ロボコップ」などの1980年代以降のSF作品監督として知られるヴァーホーヴェンですが、近年は前作のメジャー公開作が2006年の「ブラックブック」というくらいに寡作な監督になってきています。2000年の「インビジブル」もそうでしたが、本作にしろ、「ブラックブック」にしろ、SF色は少し薄めて、より人間の根源に潜んでいる醜さを上手く表現しているなと思うのです。というのも、代表作ではる「ロボコップ」(1987年版)にしろ、「トータル・リコール」(1990年版)にしろ、彼は従来から、表面上は社会をちゃんと構成しているような人間の底に必ずあるような卑猥さや、醜悪さというのを、SFという道具を用いて表層化していく。そして、派手に飛び散る人の血やバラバラになる身体のパーツみたいなもので、我に返るような生気というのを逆に私たちに感じさせてくれる。動物としての人、感情や本性を持つ人という多面的な人という存在を、映画というフィルターを通して私たちに語りかけてくるのです。

本作は突然、ある女性・ミッシェルが自宅で暴漢に襲われるという衝撃的なシーンから始まります。自分の性器が犯されながら、襲撃後、呆然とする自分から何とかミッシェルという社会的な人のパーツをかき集めていくところから始まるのです。世間的に見たら、ミッシェルは女性としての成功の象徴。しかし、彼女の成功には様々な妬みもあるし、近所の人との関係もどこか不審めいたところもある。きっと普通の感覚なら警察に届け出たり、あるいは泣き寝入りで引きこもりになりそうなところなんですが、彼女は自分の周りで起こる不審な出来事を自らの手で解決していこうとする。それは人として取り繕う必死さというより、彼女の根源的なところに潜む醜さが動かしていく様であることが徐々に明らかになっていくのです。

よく凄惨な事件が起こると、ワイドショーのインタビューで「普段はおとなしそうな、あの人が、、」的なコメントをする場面をよく見ますが、人というのは卵みたいなもので、いくら話をしている人も、ひょっとして親子や夫婦という関係であっても、見えているのは卵の殻の部分で、相手の内面を知ることは決してできません。きっとあなた自身を振り返っても、真面目な顔して卑猥なことを考えたり、醜悪なことを想像したりすることもあるかもしれない。でも、それは意識を持っている人間として当然のこと。ただ、それを行動に移してしまうか否かで、その人の本質が見えてくる。ヴァーホーヴェンはそこを見透かしてくるから、映画ファンとしてはたまらないのです(笑)。