なおこ

マンチェスター・バイ・ザ・シーのなおこのレビュー・感想・評価

5.0
初めての試写会で鑑賞。美しくて静かで悲しみに浸った映画だった。傑作。

寒々しい港町を舞台に悲しい過去と悲しい現在が行き来する。
山場は無くただ事実のみが淡々と語られるが、辛さ以上の色んな感情で頭をぐちゃぐちゃにされた。
アカデミー賞を受賞した脚本は徐々に過去を知らされる構成も見事だが、会話のリアルさが見事。
主要キャスト以外も含め、各々が自分の言葉にかみ砕いて話していると感じた。
そのリアルさのお陰か、自分もその町いて、そっと彼らの生活を見つめている感覚。
それは鑑賞後も続いてて、ふとした瞬間に意識があの港町に戻って色んな場面を反芻してる。

主人公の外見が過去と現在で変わらないのは意図的だろうが。
今が過去なのか未来なのか、ケイシーの演技で即座に分かるのが凄い。
声のトーンはそのままだしあからさまに見た目がボロボロでも無い。でも明らかに過去の彼とは違う。
哀しみも怒りも感情が現れていないのに、流れ込んでくる痛みと辛さ。
繊細、という一言では説明できない程の味わったことのないケイシーの独特な表現力は素晴らしいの一言。
台詞の間、声、目の動き、微かな表情。それと気づかせないくらいに自然な演技だった。
彼がリビングを歩く意味とは?なぜ台所ではないのか?これで本当に良いのか?もっとうまいやり方があるのでは?と、一つのシーンに納得するまで何時間もかけたとインタビューで読んだ時には、何でリビングを歩くだけのシーンにそこまで…と思ったが、本編を観て納得。あのシーンには必要な時間だったのだと思う。

ハッピーエンドに慣れた私達は全てを解決してくれるような大きな感動をつい期待してしまう。
でも今まで観てきた色んなシーンから、ハッピーエンドになる選択とは?と考えてもしまう。
でも「大丈夫?」と気にかけて「ありがとう」と答える関係が間違ってるわけでもない(元のリーはそれもできないと自分で分かってた)
だから全て勝手に決めてしまった叔父は決して甥のせいにはしなかった。
きっとリーは一生悲しいままなんだと思う。でも思い返せば小さな変化や優しさは散らばっていた。
彼女と目を合わさない叔父が今も傷ついたままだとパトリックは知っているし。
常に受動的なリーが唯一自分から動いたのは誰のためだったか。彼が笑った場所はどこだったか。
あの時、傍らに居てくれた兄と小さなパトリック。兄があの時にしてくれたのと同じ事を、今度はリーが自分からやる。
人生は大きく好転はしてくれない。だから淡々と日々を過ごしていくしかない。でもいくら悲しくても何もないままでもいられない。
悲しみを少しでも味わった経験のある全ての人が誰かに共感できる映画だと思った。

試写会後のトークイベントで私も会話に入りたい!と思ってしまった箇所を感想の最後に。
マンチェスター・バイ・ザ・シーの構想は6年前から。ケネス監督が3年かかって脚本を書き上げた時(マットは一度も急かしたり手直しさせなかった)にはマットのスケジュールは2年先まで埋まっていて「この役を手放せる唯一の人物は僕の弟だけ」とケイシーにスライドされたそう。
その時の直近の撮影はグレートウォールではなくオデッセイ。
ケイシーが髪と髭を伸ばしていたのは監督、脚本、主演を担当するLight of My Lifeの撮影のため。それが終わったので今は髪は短くなってる。
ケイシーの次回作、A Ghost Storyは夏に米公開予定。
撮影が始まる前に、ケネス監督は俳優たちが準備できる期間を設けたそう。
ケイシーは最初に「これから言いたいことは全部遠慮なく言う。でもきみとの友情は変わらない」と監督に言ったと。だから一見優しそうな監督だけど、撮影中はたびたびケイシーと口論になったそうです。
なおこ

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