JAmmyWAng

マンチェスター・バイ・ザ・シーのJAmmyWAngのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

楽しい「今」を続けたい存在と、辛い「過去」から逃れられない存在が、地元の街という共有された空間的同一性の中で絡み合いながらほんの少しだけ「未来」を見つけていくワケなんですけど、その「ほんの少し」の加減というのがまた心を抉ってきてスゲー嫌なんだけどスゲー素晴らしくて、でもやっぱりめちゃくちゃ嫌で同時に限り無く素晴らしいのであります。

あんな過去を背負っている主人公の気持ちを100%理解する事は僕には出来ないけれど、それでも心の底から地獄のように「辛い」と感じていることを、声に出して「辛いんだ」と他者に伝える事が出来たという事実がどれだけ大変な事かはそれなりに分かるつもり、っていうか可能な限り分かりたい。

人類として初めて月面に降り立った宇宙飛行士のニール・アームストロングは、その行為を「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ」と言い表したワケなんだけど、ケイシー・アフレックのこの心情の吐露は全くの逆であって、「人類にとっては小さな一歩だが、一人の人間にとっては大きな一歩だ」という掛け替えのない切実性そのものであると僕は思うのです。

この映画はそうした個人のエモーションをこれ見よがしにクローズ・アップする事なく、あくまでカメラが中心的にフォーカスを合わせるのは一貫して客観的な「時間の流れ」と「空間的な同一性」であったと思うワケなんだけど、でもだからこそ極小かつ大いなる前進というパーソナルなリアリティがごく自然に切り取られたのだと感じるのであります。

そしてその「空間的な同一性」という意味においては、「街」なんていくらでも開発されて変化していく可能性を孕んでいるワケなんだけど、それでもまさにマンチェスター・バイ・ザ・シーという街における「海」そのものは空間的な不変性を一身に引き受けるワケで、だから海が映るシーンにはどれも普遍的な象徴性を感受してしまうなあと思いました。

それこそ映画のように劇的なスケールで捉えれば、僕の人生なんてこの先何も特別な事は起こらないのかもしれないというか、多分何かが起きる確率よりも何も起こらない確率の方が圧倒的に高いとは思う。

でもこの映画というヤツは、だからこそ、DAKARAKOSO見える風景というものを押し付けることなく静謐に見せてくれるワケじゃあないですか。

地獄のような過去を背負う主人公に対して、それをフォローするような人もいれば戸惑う人もいて、特別な人はいなくても色々な人はいる。
そしてこの主人公が拒絶するように何か特別な物事は起きなくても、それでも色々な出来事は眼前にあるワケじゃないですか。

僕はいまだにLife is a bitch派でFuck Tha地元なド腐れ中学20年生だという自覚が大いにあるのだけれど、そんな程度の低いルサンチマンめいた面倒臭い心情をも丁寧に拾い上げてくるという、物凄く嫌で最高に素晴らしい傑作でありました。

また原題の"Manchester by the Sea"に対する、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』という下手なサブタイトルをも排した邦題についても大変見事だと思うワケで、流れゆく時間の中で固有名詞が内包する核としての不変性が二重に浮かび上がってくるし、また昨今の邦題事情を考慮すればそれ自体が非常に高度な選択だと思います。日本よ、これが邦題だ。
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