ちろる

マンチェスター・バイ・ザ・シーのちろるのレビュー・感想・評価

4.2
死んだ魚のような眼で、ただ毎日をやりがいもなさげにアパートの便利屋として日々を暮らす主人公リー。
そして何気ない会話や表情から少しずつ主人公の過去や人間関係が見え始め、淡々としながらも、遣る瀬無いリーの今までの数年間が見え隠れしてくる静かなオープニング。

話の内容も主人公の性格もテーマも全く違うのに、なぜだか観終わった後に昨年観た「永い言い訳」を思い出した。
ハリウッドの作品なのに、ゆっくりと静かに登場人物に自然で細かな演出しながらも、何故かゾワゾワさせてしまうような、西川美和監督とか是枝宏和監督系統の作品のように感じる。

主人公リーが何を思いながらここまで来て、どこに向かおうとしているのかはこの作品ではっきりと説明される事は無いまま時間は過ぎるけど、彼のような絶望を味わったこともないけれど、なぜかギュッと心が締め付けられる、逃げ場のない彼の魂を肌身で感じてしまう秀逸な演出が光っている作品だった。

救われることを自ら避けながら、笑うことも、楽しい会話をする事も禁じたようしか生きていけないリーの生き方が明るかった回想シーンと入れ替わりで描かれるから観ていて苦しくなる。
そして、後からジワジワと来るのは物語全体を覆っているかのような兄ジョーの弟に対して残した愛の深さ。

よく出来た感動ストーリーみたいに大きな愛が過ちへの後悔を0にする事なんかできなくて、きっかけが与えられたとしても簡単に絶望を乗り越えることなんかできない。

生きるしかすべが無ければ何となく心の傷は癒えないまま、罪の意識を抱えたままでも前に進むしかない。
沢山の再生物語が世の中に溢れているけれど、過去を切り離して絶望を完全に乗り越えらる人なんてそう居ないはずだから、そういった意味では哀しいけど、リアルな人間の姿に目を向けて描いていると感じられた。

ケイシー アフレック、私はこの俳優はどうも好きにはなれなくて、この作品もそれがネックで積極的に観たいとは思わなかったけど、悔しいけど不器用で影を抱えたまま前に進めないリーのが役所は非常にぴったりだった。
抑揚があるわけでは無いのに、脚本、編集がとても良く出来ていたので2時間以上の長さを全く感じ無い仕上がりも良かったし、感情的でない、静かな揺らぎで押しつぶしてくるような、こんなハリウッドの作品も結構興味深い。
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