francois708

午後8時の訪問者のfrancois708のレビュー・感想・評価

午後8時の訪問者(2016年製作の映画)
5.0
原題 La Fille Inconnue 「身元不明の娘」
その娘の名前はなんだったのかを探し求める、ただそれだけのストーリー。
名前がなければ呼びかけることも、弔うこともできず、存在しないことにされてしまうから。存在しないことにしておいたほうが都合がいい人たちもいるけれど、存在しないことにされていい人なんて誰もいない。
派手なアクションもなく、音楽もまったくなく、ひたすら地味な会話だけで紡がれる物語なのに、ひとつひとつ謎が解き明かされる過程が飽きさせない。
主役のアデル・エネルは「燃える女の肖像」でもそうだったように、笑うシーンがほとんどなくて、終始思いつめた表情で、怒っているようにも見える。医者という職業と、その真剣な様子は、ともすれば誤解されて、なんでそんなに偉そうなのだとののしられることもある。研修医のジュリアンにも容赦なく意見を言うので彼もつむじを曲げてしまう。
でも彼女は怒っているのではなくて、ただ娘の名前が知りたかっただけなのだ。誰かを非難するつもりはなくて、むしろもっとも責めを負うのは、あのとき扉を開けなかった自分自身だった、と悔やんでいるのだ。
医者のデフォルトの白衣ではなく、シンプルなデザインの赤や青の服を着ているところがすてきだった。医者の衣をぬぎすてて、一人の人間として、患者一人一人に接しているような感じがして。
患者の一人がサプライズで、先生ありがとうの歌を弾き語りする場面のように、彼女の気持ちがちゃんと通じている人もいるのだ。
ラスト間近のシーンで、身元不明だったが、いまや名前が明らかになった娘の姉に「ハグしていいですか」とたずねて、何秒間かじっと抱きしめる場面にじーんときた。
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