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ハクソー・リッジのdeenityのレビュー・感想・評価

ハクソー・リッジ(2016年製作の映画)
4.0
メル・ギブソン監督の待望の新作。
第二次世界大戦時、一人の兵士が武器を持たずに戦地を走り回り、75人もの命を救った実話がモデル。フィクションだとしても出来過ぎの話だからこれが実話というのには驚き。というかそれがどれだけすごいことかということ自体はこの作品を見るまではわからなかった。弾丸や砲弾が飛び交い、死体がそこら中に転がり、画面越しでも伝わる腐乱した臭気と火薬の匂い。それらの凄惨な風景を、そこで武器を持たずに戦うことの無謀さを際立たせたのは生々しいほどのリアルさと重苦しさに包まれた暴力的な戦争シーンに他ならない。メル・ギブソンなのでやはりその辺りのエグい演出ってのはもちろん期待はするのだが、今まで見たどの戦争映画よりも凄まじい演出だった。

だからこそ、どれだけその環境の中で武器を持たずに命を救うためだけに走り回ることが難しいのか、といういかに主人公・ドスの信念が狂気じみているかが際立つのだ。

幼い頃の経験、父親のベルトでの罰。これらを経て彼の信念は固まっていく。罰を与えるためのベルトで人助けをするというのは上手い演出だが、前半の戦地に移る前、「国を守るために戦いたい。でも命を奪うつもりはないから武器を持たない。」という信念を掲げて出兵する、その頑なにそれを曲げない彼の姿勢にはむしろ疑問の方が強くなる。
「なぜそこまで武器を持たないことにこだわるのか。」
でもそれは彼の信念の強さなのだろう。周囲に白い目で見られても、闇討ちされても、軍法裁判にかけられても彼は折れない。見ている自分にも理解できなかった。
しかし、彼が彼であるためのアイデンティティ。妥協を許さず、貫き通すその姿勢。まさに狂気そのもの。それこそがデズモンド・ドスという人間の生きていくための尊厳なのだ。

だからこそあの過酷な戦場で彼は走り回ることができる。どんなに窮地に陥っても絶対に折れなかったドスだからこそ、戦場の窮地で「もう一人。もう一人だけ助けさせて下さい。」と願って体を動かし続けられるのだ。そんな現実離れした行動を説得力を持って「彼ならば」と信じられるのだ。まさに神。ラストで彼が救出された時、崖から降ろされているにも関わらず天に召されるように見えたのは監督の上手い演出だろう。

強い信念を掲げた男は時に大きなことを成し遂げることがある。避難されてもいじめられても、真っ直ぐ自分を通した男の話としても面白い。加えて戦争映画としての娯楽性も持ち合わせていて見て損はない。
ただそれ以上に日本人なら見ておくべき必要のある作品でもある。

本作を見るまで、『ハクソー・リッジ』が沖縄の地上戦の時のことを指すとは知らなかった。だから見ていく中でそれがわかった時、そしてそれがどれだけ恐ろしい戦いだったのかを見た時、胸が痛んだ。
別に日本人兵がやられることにじゃない。それもなくはないが、それだけじゃない。今まで何度か行った沖縄という地が、数十年前にいかに過酷な戦場となっていたかということをしっかりと理解していなかったことに対して胸が苦しくなったのだ。

ありがたいことにメル・ギブソンの手腕により、戦争シーンは他のどの戦争映画よりも暴力的で凄惨な表現が多かった。おかげでこんな戦争を二度と起こしてはいけないな、と強く感じた。同じ日本人として平和への意識にも訴えかける力があった。
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