櫻イミト

唇からナイフの櫻イミトのレビュー・感想・評価

唇からナイフ(1966年製作の映画)
3.0
社会派ジョセフ・ロージー監督作の中で最も迷作と言われる女泥棒スパイコメディ。世界的に有名なイギリスの漫画「モデスティ・ブレイズ」の映画化。原題は「Modesty Blaise(モデスティ・ブレイズ)」。

英国政府は石油資源を得る見返りに中東マサラ国の元首に5000万ポンドのダイヤを送ることになった。しかし何者かがダイヤを狙っているとの情報が入る。英国秘密情報部は元首と旧知の女泥棒モデスティ・ブレイズ(モニカ・ヴィッティ)と相棒ウイリー(テレンス・スタンプ)をスカウトしダイヤの護衛を依頼。敵の正体は国際犯罪組織の大物ガブリエル(ダーク・ボガード)だった。。。

閣下殿のリクエストで鑑賞。

ロージー監督は硬派で陰鬱な作りが好みで何本も観てきた。それが本作のような娯楽系をどう作るのか興味を持って挑んでみたが、やはり残念ながら、娯楽にうまくハマれていない失敗作の印象だった。

各論的には良い部分もあった。モニカ・ヴィッティはリアル峰不二子のようでファッショナブルな七変化も魅力的。テレンス・スタンプとダーク・ボガードも曲者のオーラ充分で、アントニオーニ監督やパゾリーニ監督での彼らとは違う楽しそうな姿は微笑ましかった。

映画では、原作漫画のモデスティがカッコよく描かれたポスターも登場する。直後に漫画と同じキャットスーツでヴィッティが登場するメタ的なシーンにはニヤリとさせられた。映画の美術衣装や小道具も原作漫画を意識したと思われるポップでサイケな仕上がりで、1966年公開と考えるとカルチャーの流行をかなり先取りしていたと思う。

ロケーションにも見どころがあり、壁一面をボロ人形が埋め尽くす夜の遊園地は場末感が強く大好物。シチリア島の崖上に建つアジトの古城も初めて見るものでゴシック好きとしてはたまらない風景。(調べたところ城の名はCastello di Sant'Alessio Siculo:サンタレッシオ シークロ城。映画ロケは本作のみのよう)。どこか既視感があると感じてやっと思い出しのは、ロージー監督「夕なぎ」(1968)の舞台となる海岸の白亜豪邸だった。同作はシュールな映画で、風景の魅力だけで比べれば本作の古城の方が勝っているが、風景の用い方と映画全体の魅力は同作の方が上だと思う。

以上いろいろと良い点はあるのだが、結局、本作のストーリーには求心力がないため全てが上滑りで過ぎて行ってしまう。中盤あたりで先がどうでもよく感じてしまい少々飽きてしまった。

当時は「007は殺しの番号」(1962)から幕を開けるショーン・コネリーのジェームス・ボンドが爆発的な人気を呼び、女スパイも含めて似たような映画が粗製乱造されていた。おそらくロージー監督ら制作陣は、それらを超えるクールな一本を作ろうとしたのではないか。その斜に構えたカッコのつけ方が滑ってしまい、本作をつまらなくしたように思える。

“弘法も筆の誤り”を映画で感じることができた一本。個人的には失敗作を観たことでロージー監督に新たな興味が生まれた。まだ観ていない名作があるので追って観てみたい。
櫻イミト

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