HAYATO

ダゲール街の人々のHAYATOのレビュー・感想・評価

ダゲール街の人々(1976年製作の映画)
3.3
2024年365本目
日常の瞬間
ドキュメンタリー作家としての顔も持つ「ヌーベルヴァーグの祖母」アニエス・ヴァルダ監督の代表作
アニエス・ヴァルダが50年以上居を構えていたパリ14区・モンパルナスの一角にあるダゲール通り。“銀板写真”を発明した19世紀の発明家の名を冠した通りには、さまざまな商店が立ち並ぶ。ヴァルダの娘が行きつけの香水店では、年老いた夫婦が長年同じ品揃えをひっそり守り続けている。一方、パン屋や肉屋には入れ替わり立ち代わりお客がやって来て、夫婦で営む美容院も常に賑わっている。そして夜には、奇術師・ミスタグがカフェでマジックを披露して街の人たちを驚かせる。
長男・マチューの子育て中であったアニエス・ヴァルダが、自宅からつないだ電源ケーブルが届く範囲内で撮影しようとひらめいたことから誕生した作品。撮影のウィリアム・ルプシャンスキーは、多くのジャック・リヴェット作品を手掛け、ジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーとも組んだ経歴を持つ名手。
本作は、アニエス・ヴァルダ監督が1975年に手がけたドキュメンタリーで、彼女の住まいがあるパリ14区のダゲール通りに根付く商店の様子や、その場所に暮らす人々の日常に焦点を当てている。パリといえば、洗練されて華やかな街のイメージが強いが、本作に映し出されるのは庶民的な個人商店が集まる地域。ダゲール街にあるパン屋や肉屋、仕立て屋といった小さな店舗が営む、ありふれた日常の瞬間が味わい深く収められている。
本作が特にユニークなのは、普通のドキュメンタリーのようにインタビューや説明のナレーションに頼っていないところ。カメラは街の日常の一部と化し、香水や粉ミルクを買いに来る客たちとの軽い会話など、ふとした場面がそのまま映し出されており、フランスの下町らしい空気感や古き良き商店の雰囲気が伝わってくる。この撮り方は、写真家でもあるアニエス・ヴァルダ監督ならではの「瞬間を切り取る」感性がよく表れている。
また、アニエス・ヴァルダ監督は街の職人たちに「どんな夢を見るか?」と問いかけることで、彼らの日常の裏にある思いや葛藤を引き出している。時計屋が「壊れた時計と向き合う夢」、パン屋が「膨らまないパン」の夢を語る場面では、職人としての苦労や、それをやりがいに感じる心が垣間見える。この会話シーンは、商店街のありふれた日常を超え、その場所で生きる人々の人生観や日常に潜む影が映し出されている・
冒頭ナレーションは、本作の世界観を象徴している。「小売店に流れる時間に、私は強い興味を感じ始めた」と語るアニエス・ヴァルダ監督は、人々が「待つ時間」や「何もせず過ごす時間」に注目し、その詩情を捉えている。それらの時間は、現代ではスマホやデジタル機器の普及でほとんど失われてしまったものだが、本作ではそのゆったりとしたリズムがノスタルジックに描かれる。人々がぼんやりと時間を過ごす様子は、今では忘れられがちな「待つこと」の意味を考えさせる。
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