きえ

密偵のきえのレビュー・感想・評価

密偵(2016年製作の映画)
4.2
日本統治時代の日本警察と独立運動団体『義烈団』との攻防を描いた秘密諜報サスペンスは、複雑な時代に生きる朝鮮人の愛国か従属かに揺れる葛藤を描いた人間ドラマでもある。時代の緊張感を圧巻の美的映像で描き、韓国映画のクオリティの高さをまたまた見せつけられた。

冒頭から凄い。逃げる義烈団員と追い詰める日本警察との一連の描写は張り詰めた緊迫感がいきなりMAXで、カメラアングル、照明、アクション、美術、衣装とその全てが美を計算し尽くしている。

今やアジア映画市場の拠点は韓国となった中で、ワーナー・ブラザースは本作で初めて韓国での制作配給に乗り出した。冒頭の演出は従来のアジア的美の感性にハリウッド的スケール感が相乗効果をもたらした象徴的シーンだった。

本作についてキム・ジウン監督は自らの造語で"コールドノワール=冷たいスパイ映画"と定義している。黒と青を多用した映像世界はまさにその通りだけど描かれてるものはとても熱い。 朝鮮人でありながら日本警察に属する複雑な立場を演じたソン・ガンホのアイデンティティを巡る葛藤はソン・ガンホだからこその深みがあった。

全編に渡って半端ない緊迫感と優美さは続く。中でも義烈団が上海の日本領事館を爆破する爆薬を運ぶのに利用した旅客列車内での敵か味方かの攻防は煌びやかにしてハラハラのピークだった。奇しくも義烈団の実行部隊長を演じたコン・ユは『新感染』に続いての列車内での"敵"との対峙となったが、動く密室シチュエーションはやはり面白い。

キャスティングついでに言うと、義烈団団長役でカメオ出演したハリウッド俳優 イ・ビョンホンの圧倒的な存在感とカリスマ性はさすがだ。出て来ただけでスクリーンの空気がガラッと変わる。韓国俳優ビッグ3のお酒のシーンは緊張感溢れる本作の中で唯一笑えるシーンだった。

日本警察のトップを演じた鶴見辰吾さんのダークな演技も良かった。悪役を一手に引き受けた感だが彼には彼の時代に抗えない悲しさみたいなものがあって、個人としての極悪非道云々より時代が生んだ狂気の象徴と感じられた。とは言え拷問シーンはキツイ…

本作は音楽も素晴らしかった。モダンジャズやクラシックが効果的に使われる中、秀逸だったのはクライマックスで使われた『ボレロ』。あまりにも有名なあの規則的な旋律に劇中人物・観客全ての心臓の鼓動が重なった。優美さとスリリングさが最高潮を迎える音楽演出はほんと素晴らしかった。

そして引き算の美学を感じるあのラスト… 好きだなこの終わり方。(これからご覧の方はエンドロール終了まで絶対に席を立たないで下さい)

最後に…
英題は『 The Age of Shadow 』
日韓併合時代の韓国をそのまま表している。日本に迎合して生きるか、祖国に命を賭けるか… どちらにしても影として生きるしかなかった人々を思うと日本人として胸が苦しくなる。だからこそこの熱い魂の物語に魅せられたのかもしれない。
きえ

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