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否定と肯定のロクのレビュー・感想・評価

否定と肯定(2016年製作の映画)
4.3
2000年、アメリカ在住のユダヤ人歴史学者デボラ・E・リップシュタットが書いた著書の中でホロコースト否定論者として有名なイギリスの歴史学者デヴィット・アーヴィングを批判する内容を書いたことに激怒したアーヴィングがデボラの講演会に乗り込んで激しく責め立てた挙げ句イギリスの裁判所にデボラと著書を出版したペンギン社を相手取り名誉毀損の訴訟を起こした「リップシュタット裁判事件」を「ボディガード」のミック・ジャクソン監督が映画化した骨太な実録法廷ドラマの佳作。戦後50年以上も経っている時代に「ホロコーストはあったのか?」を争う裁判があったということやホロコーストが無かったということを言う人がいることにも驚いたけれど本作で一番驚いたのがイギリスの司法制度でアメリカや日本だと訴えた側に立証責任があって相手の有罪を証明出来ない場合は「推定無罪」で被告は罪に問われないのに対しイギリスでは被告側に自分の無罪を立証する責任があり当然「推定無罪」も無いため裁判で負けちゃうと「ホロコーストはありませんでした」っていう最悪の判決が下されてしまうという理不尽極まりない制度に観てて腹が立ちました。弁護士も日本やアメリカと違い依頼を受けた弁護士が法廷で戦うのではなく依頼を受けた弁護士が裁判で争うのが良いと判断したら法廷専門の弁護士に依頼するという二段構えになっていて面白かったです。実話なので本事件を知っている人は結末がどうなるか解っているんだけど弁護団と歴史修正主義者アーヴィングの主張がぶつかり合う白熱の法廷シーンやラストの判決が下るシーンなど見応えたっぷりの場面も多く最後まで目が離せない作品でした。文書の中から自分に有利な部分だけ抜き出したり外国語をわざと自分の都合の良いように誤訳したりして自説を作り上げいくアーヴィングをハリポタシリーズのネズミ男で知られるティモシー・スポールが実に不気味で憎々しく演じており、彼の挑発的な主張についつい感情的になってしまう危なっかしさもあるデボラ・E・リップシュタットを演じたレイチェル・ワイズもリップシュタット本人に何度も会って彼女の信念や性格を理解した上で演じる熱の入れようで素晴らしかったですが、本作でもっとも印象深い演技を見せてくれたのは敏腕法廷弁護士を演じたベテラン俳優のトム・ウィルキンソン!切れ味するどい法廷での佇まいと法廷を離れた時の穏やかな表情の落差を余裕さえも感じる風格で演じきりベテランならではの演技力に脱帽しました。意図的にねじ曲げられた理論であっても声高に主張し続けていれば世間的にまかり通ってしまうというフェイクニュース全盛の現在に警鐘を鳴らす意味でも観るべき作品だと思います。
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