しの

ムーンライトのしののレビュー・感想・評価

ムーンライト(2016年製作の映画)
4.2
愛の尊さを静かな海と月明かりの下に映し出す。主人公であるシャロンは生まれ落ちた境遇のために愛に傷つき、愛を押し殺す。しかし、そんな彼を救ってくれるのもまた愛なのだ。悲しみにくれて青い海へ足を運ぶと、月明かりが彼をも青くし、そのとき彼は世界の中心に立っている。

決してわかりやすい話ではない。ヤマもオチもあってないようなもの。それでも、全編に渡るあらゆる「繊細さ」が、静かに共感と感動の波をたててくる。

例えば、主人公・シャロンの「うつむく」演技はとてつもない。多くを語らない彼の心情をあれが全て補完し説明している。こういう素晴らしい演技を見るたびに表現の可能性に驚いてしまう。
最も「やられた」と思ったのは、終盤のとある食事シーン。はたから見れば何でもない光景だし、日常にありふれた光景なのに、確実にシャロンが「救われている」のがわかる。だからこそ日常に潜む温かな幸福を実感させてくれる。

本作の凄いところは、シャロンに共感してしまうところだ。
自分が一番頷いてしまったのは「自分が何者かということは、自分より先にコミュニティが決めつけてくる」という事実だ。小さい頃に人から言われたことが頭の中に巣食ってしまい、自分らしさを決定付けてしまうことはかなりあると思う。
このように、国も人種もセクシュアリティも環境もまるで違う人に共感できてしまうというのは、なんとも不思議で素敵な体験だ。

以上のような表現がいっぱい詰まってるから、本作は自分から遠いところにある物語に感じない。ドラマチックでもなんでもないような日常の一瞬に心から救われることがあるというのは、意識的にであれ無意識的にであれ、誰もが味わったことのある感覚だと思う。
逆に言えば、確かに重い内容の割にあっさりし過ぎ、という印象はあるかもしれない。しかし、私は本作のそういうテイストが好きだ。想像もできないくらい辛い状況に置かれてきた主人公があんなにも容易く、しかし確実に救われる。それはずっと身近にあったはずの愛を彼が初めて拾えた瞬間なのだ。

#Filmarks2017
しの

しの