えんさん

人生フルーツのえんさんのレビュー・感想・評価

人生フルーツ(2016年製作の映画)
5.0
敗戦をきっかけに戦後復興のために日本住宅公団に入社し、高度経済成長期を通じて数々の都市計画に関わってきた90歳の建築家・津端修一。老いながらも毎日前向きに生きている彼の姿と、87歳の妻・英子との信念ある丁寧な暮らしぶりを追ったドキュメンタリー。東海テレビが製作したドキュメンタリーシリーズ第10弾。ナレーションを務めるのは、「海よりもまだ深く」の樹木希林。監督は「神宮希林 わたしの神様」の伏原健之。

東海テレビ製作のドキュメンタリーはいい作品が多いイメージですが、テレビ放映もされた作品でもあるものの、映画としてスクリーンで観ても凄い迫力に圧倒されます。いや、ここで”凄い”と書くと何か語弊があるように思われるかもしれませんが、基本は確かに一組の老夫婦のナチュラル志向な老後生活を追ったドキュメンタリーではあるのですが、その中で建築家・津端修一の壮絶な生き方というか、ポリシーというか、反骨精神というか、歴史というか、、表面上は穏やかに見える老人の内面を1時間30分という短い上映時間の中で濃密に描き出していくのです。”人に歴史あり”とはよくいう文言ではありますが、その歴史という部分を普段の人という鏡像の中に見いだしていく姿勢が”凄い”という(申し訳ない)陳腐な表現につながっているのです。予告編を観るだけだとほのぼのドキュメンタリーとタカをくくっていたのが、観た後は申し訳ない気持ちになってくるくらいです。

でも、その中でも中心になってくるのが、津端夫婦の何も贅沢をしない、求めない、全て自然の中から享受していくというナチュラルな姿勢です。よくナチュラリストという表現だと、自給自足をしているとか、世間離れしている奇妙な人とかという印象も付きかねないときもあるのですが、津端さんは決して自然そのものに全てを委ねているわけでもないのです。大概のものは自ら作っていくものの、名古屋の街中に出ていき、良い物はちゃんとお金を使って買い求めるし、ご近所に迷惑をかけないように最低限のマナーをもって生活もしてらっしゃる。しかし、その中で素敵だなと感じるのは、決して無理をしない贅沢をしているのです。とくに、良い物は自然のものはもちろんのこと、料理にしても時間をかけて作るし、よく知っている人に食材を揃えてもらったり、気持ちのよい空間作りも熱心にしている。都市という人間社会のつながりを保ちながら、良いものを自然の中から自分たちの生活に常に循環させながら自らの生きるエネルギーに還元させていく。こうしたシンプルかつ贅沢な生き方に、僕だけでなく、多くの現代人もきっと憧れを抱くことだろうと思います。

僕は本作を京都の映画館で観ましたが、僕の観た回でも立ち見ありの満席というヒットぶり。昨年、都内でも公開されてからずーっと満席御礼を繰り返していて、各地方でも(差はあるでしょうが)相当な数のお客さんが入っていて、アンコール上映を2回、3回と繰り返す劇場でも出ているほどです。昨年の「この世界の片隅に」ほどのニュースにはなっていないですが、口コミでもこれだけ長いヒットを続けている作品も珍しいですし、こうしたヒット作で僕自身が高評価した作品も珍しいと思います(笑)。なかなか上映館が少ないですが、機会があれば是非観てくださいといえるほどの傑作だと思います。