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炎のambiorixのレビュー・感想・評価

(1975年製作の映画)
4.0
「インド史上最高の映画」との呼び声高い『炎』(1975)がU-NEXTに登場だぁーっ😆
長らく日本未公開で、ローカライズされたソフトの流通すらなく幻の作品となっていたのだけれど、去年の夏にJAIHOで配信されたものが今回U-NEXTに回ってきました。かねてより見たい見たいと思っておったのでありがたい限りです。本作『炎』は当初批評家たちから否定的な評価を受け、興行的に成功しなかったものの、口コミでじわじわ評判が広がっていき、最終的には当時のインド史上最高の興行収入を収めた映画です。2019年にはフィルムフェア賞(インド版のアカデミー賞)で「この50年間で最⾼の作品」に選出され、名実ともにレジェンドの名をほしいままにしました。
もちろん稼いだ金額の多寡だけでこの映画を語ることはできません。なぜというに、本作のシーンやキャラクターがその後あらゆる映画の中で引用される、作中に出てくるセリフが日常語として定着する、マルチスターを共演させたインド映画のはしりとなる(つまり本作は『RRR』の父祖でもある)、などなど後世に与えた影響があまりにもすさまじいからです。それにくわえて、インド映画界のスーパースター、アミターブ・バッチャンの地位を揺るぎないものにした功績も大きい。2009年のアカデミー賞作品賞をとったダニー・ボイルの『スラムドッグ$ミリオネア』に名前が出てくるので覚えている方も多いであろうアミターブ・バッチャンは、映画俳優のみならず、政治家やプロデューサー、インド版クイズミリオネアの初代司会者としても活躍した人ですが、残念なことに、日本で見られるゼロ年代以降のインド映画に彼が主演したものは皆無に等しい。そのためわれわれ日本の観客はこれまでアミターブ・バッチャンがいかにすごい人なのかということをいまいち実感できずにいたわけです。そんな彼の全盛期の演技を心ゆくまで堪能することができる、という意味でも本作『炎』は非常に貴重なフィルムだといえるでしょう。
さて本編。インドのレジェンド映画というからにはセンセーショナルな光景が次々と現出するぶっ飛んだシロモノなのかと思いきや実は全然そんなこともなかったりします。プロットはこんな感じ。インドのクソ田舎の小さな村にカリスマ的リーダーのガッバル率いる盗賊がやってきて収穫物をかっぱらっていく。そのことに業を煮やした村長のタークル(サンジーヴ・クマール)はかつて自分が警察時代に捕まえた2人の泥棒を呼び寄せ、傭兵として雇うことを思いつく。泥棒のヴィール(ダルメンドラ)とジャイ(アミターブ・バッチャン)は金欲しさにその依頼を引き受けるが、次第に村長や村人に同調する。ほいで、なんやかんやあって最後は泥棒アンド村人サイドと盗賊サイドの血で血を洗う壮絶な戦いへと発展していく…ってどこかで見たような気がする(笑)。それもそのはず、この映画は黒澤明の『七人の侍』のリメイクとして作られたジョン・スタージェスの『荒野の七人』のリメイクと言っても過言ではない作品なのです。拠点となる村の造形やロケーションからして瓜二つだし、劇伴にいたってはエルマー・バーンスタインの有名なテーマ曲をもろにパクったような代物が戦闘シーンで流れる有り様だ(笑)。他にもセルジオ・レオーネの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウェスト』序盤のアレを思わせる一家虐殺シーンなど、過去の名作西部劇映画からの引用がいくつか見られます。
70年代のインド映画にもむろん歌と踊りの要素はあります。インド映画のミュージカルパートといえば、なんの脈絡もなく突然登場人物たちが雪山にワープして踊り始めたり、踊っている間はストーリーが完全に停滞してしまったり、なんという見る人によってはうんざりしてしまうようなお約束でおなじみですが、残念ながら本作にもそういう要素は存在します。なんだけど、その一方でストーリーの展開とミュージカルとがみごとにリンクしたシーンというのもあって、中でも俺が素晴らしいなと思ったのは終盤の盗賊のアジトにおける一連のくだりでした。ヴィールとともにガッバルに捕まってしまった婚約者のバサンティは「踊り続けろ、さもなくば殺す」と脅される。バサンティはヴィールへの永遠の愛を誓いながら踊る。外野からガラス瓶が投げ込まれて地面に落ちる。割れた破片が彼女の足元に散らばる。バサンティは足の裏にガラスを食い込ませながら苦悶の表情を浮かべなおも踊り続ける。ヴィールへの愛を証明するために…。本当に凄まじすぎるダンスシーンです。ナートゥ超えてるやろ(笑)。正直ここだけでもう⭐︎5.0あげてもいいと思ってしまったぐらい素晴らしい場面でした。
本作『炎』は、銃撃戦あり肉弾格闘あり馬上でのつかみ合いありのアクション映画なので、いちおうアクションの部分にも言及しておきたかったのだけれども、意外と印象に残らなかったなというのが正直なところです。けれども劇中のクライマックス、復讐の鬼と化したとあるキャラクターが憎っくきガッバルをボコリまくるのですが、ガンジーもびっくりのあの格闘シーンは「やっぱりインドの映画は70年代から暴力と復讐に彩られておったんだな…」と感動すらしてしまった。はっきり言って気持ちよすぎる! ところがあと一撃でフィニッシュだ、というところでいらん邪魔が入り、どうにも尻切れトンボな感じで終わってしまう。いやさ、そもそもの話、お前さん方がコイツをあっさり脱獄させなきゃあこんなことにはならなかったのに…。法で裁けない悪はおれが裁くしかねえだろうがよォォォーッてな具合で、復讐の思想をのちの『RRR』ほどエクストリームに突き詰めてくれなかったのが残念でなりませんでした。
全体的に見ても完成度の高い作品だとは言いがたい。ランタイムが3時間強と恐ろしく長いのだけれど、映画のトーンから乖離した昭和のコント番組みたいな刑務所のシークェンスはまるまるいらなかったと思うし、ヴィールがバサンティに求婚するまでを描き、続いてジャイがラダに求婚するくだりがはじまる構成も明らかに冗長で二度手間でしかない。削ろうと思えば削れる箇所はいくらでもあったと思う。主人公の2人に関しても、途中までは救いようのない放蕩者として描かれていて、万人が共感できるようなキャラクターにはなっておりません(もちろん終盤までくればそんなことはないが…)。とくに村長の「あいつらには人情がある。根っからの悪人じゃあないんだ」発言の直後に2人が一般人からバイクを盗んで逃げるショットが繋がる一連の流れはもはやギャグでやっているとしか思えませんでした。なんだけど、この作品の登場がインドの娯楽映画のレベルを大きく押し上げたことは疑いようがないし、さいぜん挙げた欠点を帳消しにする綺羅星のようなシーンや素晴らしいセリフの数々でもって今もなお不朽の名作たりえていると思うので、インド映画が好きな人はこの機会にぜひ。
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