邹启文

O.J.: メイド・イン・アメリカ(原題)の邹启文のレビュー・感想・評価

5.0
このタイミングで映画史を変えるドキュメンタリーに出会えるとは…
まず、驚いたのはたったの467分で1人の生涯を、そしてアメリカの差別史・メディア史を描けてしまうことだろう

まさに、メディアの中で生きるO.J.シンプソンと今この現実に生きているO.J.シンプソンとの対比を通し、アメリカ社会が抱える闇が露わになってしまう、
彼は死ぬまで加害者でありながら被害者であり続けるであろう…

・ドキュメンタリー的な視点から書こう
僕は昔、原一男氏の元でドキュメンタリー映画の作り方を学んだことがある。その時僕はインタビュー形式のドキュメンタリー作品を描きたいと伝え、原先生に少し怒られると同時に1つのアドバイスをもらった
それは、インタビューを編集する際
・説明的なセリフ
・感情的なセリフ
の2つを聞くこととなるが、編集時
・説明的なセリフを全排除し、残った
・感情的なセリフ
だけで映画を構成せよ。との教えだ

本作は証言者75人全員の感情の部分を丁寧に抽出し、説明の部分を物語に入り込みやすいアーカイブ映像で置き換えた。(アーカイブの抽出がうまいんだなこれが)
まさに、説明と感情の構築の仕方を熟知している。
まさかとは思うが、本作の監督も原一男氏の元でドキュメンタリーを勉強したのではないのかと錯覚に陥ってしまうほどにだ。
これぞ、僕自身が理想としていた形を体現したのではないのかとも感じてしまい、鑑賞後しばらくの間、呪いにでもかかってしまったかのようなとてつもない嫉妬と尊敬にかられてしまった。

例えばどんな部分に嫉妬したかなんて、数え切れないほどあるんで、あえてなにも語らずにいこう。
実際に起きた事件を元とした作品なので、事件について少し調べれば話の概要なんて全て簡単に理解できる。それなのになんでこんなにネタバレしたくないという願いが脳みそから滝のように湧き出てしまうのか…
おそらく事件の裏に隠されていたそれぞれの立場から見た感情を描き切れているからであろう。

とにかくみんなに見て欲しい、そして驚いて欲しい
あれ、もう30分も見ちゃってる。もう半分も見ちゃってる、なにこれすごい。と

・次に構成についても語りたい
なんと本作、開始3時間目でようやくO.J.シンプソン事件に導入し始める。
それまでひたすらO.J.の生い立ち、それと同時進行でアメリカの黒人差別問題はどう進んでいったかが流れていく。
実はその3時間もの導入こそが、その後の5時間もの本編を際立たせていくのだ
一般的なドキュメンタリー作品(映画然りテレビ番組然り…)は事件の導入から始まり、そこから関わった人の過去を探っていくタイプが多い。
その方法論を取れば、冒頭で加害者・被害者というわかりやすい構造(各キャラクターにおけるサスペンス要素)を組み立てることができ、見る側の集中力を持続させるのに十分なほどの効果を発揮できるからだ。
しかし本作はそれを取らずにさらなるサスペンス、感情移入を呼び起こしている。

なぜ出来るのか、それはインタビューとアーカイブの構成の仕方のうまさによるものであろう。
特に良い役を果たしてると思ったのはO.J.の大親友、そして弁護側に立った弁護士ののインタビューのはさみ方だ、彼らの視点の持つP.O.Vがこの映画においてどんな役割を果たしているのか、監督は知ってるはずだ
詳しく書くとネタバレになるのでこれはこれから見る人たちに対する注目ポイントとしてだけで残したい。

・最後に同じドキュメンタリー作家のしての感想を残すとすれば
完敗、素晴らしすぎるっていうと超えられなくなっちゃうほど神化してしまうので、唯一この作品を超えられるであろう部分をあげよう
・インサートの撮り方に単調さがあった。
多分この部分は僕がやったほうがもっと面白くなったであろう。
以上かな。
これからの5年はこれを超える作品を撮れるように頑張らないとな
邹启文

邹启文