一色町民

8年越しの花嫁 奇跡の実話の一色町民のネタバレレビュー・内容・結末

8年越しの花嫁 奇跡の実話(2017年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

 実話の映画化ということです。実際の結婚式場の「YouTube」で公開され大反響を呼んだとたのがきっかけということは知っていたし、8年も待った婚約者もすごいなと思いつつ、どうせ『お涙ちょうだい映画』だろうと、観るのをパスしようと思っていました。だけど、映画好きのネットの友人達からの評判がすこぶる良いので観ることにしました。
ウエディングプランナーの方がアップしたという実際の動画はコチラ
https://www.youtube.com/watch?v=vlh5aewBI2w

 ぶっちゃけ、結末は分かっていますし『お涙ちょうだい映画』であることは間違いないのですが、説明や補足のための回想、イメージ、セリフ、ナレーション、テロップなどを排し、極力映像で語ろうとする脚本・演出の立ち位置がいい。
 それから、私が誤解していたのは、単純に8年間意識が戻らず眠り続け、やっと目覚めて結婚したお話と思っていたことです。昏睡状態は6年くらいと結構長く続いたのですが、問題は目覚めたら運動機能障害と記憶障害が残ってしまったことなんです。長期間寝たきりなので、当然、すぐには歩けないだろうとは思っていましたが、婚約者のことを全く思い出せないなんて....。

 本作を観終わると、ふたりが初めて出会う冒頭のシークエンスからして用意周到に撮られていることが分かります。合コンで、一番遠い距離に座っていた尚志(佐藤健)と麻衣(土屋太鳳)という配置も、ふたりが対照的な性格の人物であるという暗示だし、二次会のカラオケに行かず帰る尚志を麻衣が追いかけ、お腹が痛いから帰るとかの会話をした後、麻衣はカラオケへと戻っていきます。しかし、彼女は尚志の下に再び現れ、尚志に使い捨てカイロを渡します。
 ふたりは出会い、付き合い始めてそして婚約に至るのですが、麻衣は難病のために一度は尚志の下から去ってしまいます。しかし、その後にまた麻衣は尚志のところへ帰ってきて、2人は無事結婚します。まさに、映画冒頭の麻衣とった行動が、2人の運命を暗示しているのです。
 このあたり脚本家・岡田恵和の演出の瀬々敬久監督の上手さが光ります。ちなみに岡田恵和は、私の好きな「いま、会いにゆきます」「阪急電車 片道15分の奇跡」の脚本や、NHKの連ドラ「ひよっこ」の脚本も手掛けています。

 時間経過を説明するために、テロップを使ってはいるのですが、東日本大震災の被害とその後についてのニュースなど、要所でテレビの映像を使って時間経過を説明するのも上手いし、プロポーズのシチュエーションも実に微笑ましい。 そして、婚約、結婚式場の予約。突然の発病....。

 尚志(佐藤健)は、麻衣の母親(薬師丸ひろ子)父親(杉本哲太)と共に、いつ覚醒するか分からない、麻衣が目覚めるのを待ち続けます。
 進展が見えないまま時が経過し、麻衣の母が尚志に向かって放った「あなたは家族じゃないんだから。」というセリフは特に印象的なセリフでした。実際、「新しい娘をみつけて新しい人生を歩んで欲しい」と言われたそうです。苦労を背負うのは家族だけでいいと....。それでも尚志は、毎日麻衣の病室を訪れます。尚志にとって麻衣、そして両親は、もう「家族」になっているということなのです。

 さてはて、主演の佐藤健共、土屋太鳳ともに、新境地を示す演技となりました。佐藤健は、「世界から猫が消えたなら」で好青年を演じてはいましたが、やっぱり「るろうに剣心」のイメージが強いですよね、それが、ごく普通の青年を演じ、あの元気いっぱいながら演技はイマイチの印象だった土屋太鳳が、病に侵された女性をイメージをかなぐり捨てた演技を見せます。母親に「あれは麻衣じゃないから」と言わしめる、発症時の「殺せ~!」とかの鬼気迫る演技や、特殊メイクでパンパンに膨れた顔面、呼吸器や点滴に繋がれた状態でのうなされる演技。体重コントロールも大変だったようです。
 そんな二人を、麻衣の両親を演じた薬師丸ひろ子と杉本哲太、尚志の職場・太陽モータースの社長を演じた北村一輝、職場仲間の室田を演じた浜野謙太、結婚式場のウエディングプランナーを演じた中村ゆりも、若い二人に寄り添うような素晴らしい演技で、作品を盛り立てています。
 二人が出会った記念日に結婚式をあげるために、毎年延長の手続きにきていた尚志も凄いが、中村ゆりが演じた予約の延長を受け続けたウエディングプランナーも凄いよね。

 そして、麻衣が目覚めるという喜びもつかの間、『記憶障害』という新たな問題が発生します。麻衣は尚志のことを全く思い出せない。思い出の場所に行ったり、リハビリに一緒に励んだり、色々努力しても、記憶は戻らない....。
 それでも、「もう一度 僕の事を好きになって欲しい」とは尚志は言いません。思い出せない事が彼女を苦しめているなら、と距離を置く。どこまでも 彼女に寄り添う姿勢を崩さない。でも結局、麻衣さんの辛さを察して、尚志は別れを決心して、職場や住むところまで替えてしまう。その心情は察して余りあります。

 尚志が麻衣に「もう会うのはやめる。」と告げる、この長回しのワンカットは素晴らしかった。自分の恋人・婚約者だったいう男性、それが思い出せない。それでも何とか思い出したいと願い努力した数年。そして、その男性から別れを切り出された....。麻衣の言葉にならない感情と表情。20~30秒ほど、ひたすら土屋太鳳演じる麻衣の表情をノーカットで捉えたシーンが静かに凄まじい映像として観客の心に焼き付きます。そしてその後の、尚志が麻衣のいない助手席を見つめるシーンも切ない。
 それでも、それでも結局は、無事結婚式を迎えられ、物語はハッピーエンドなんですけどね(笑)。
 尚志が自動車整備士ということもあって、「壊れたら直せばいいんだからな!」という言葉も印象的でした。
以下、ネタバレです。ご注意ください!! 





 
 手紙や写真が、物語のターニングポイントでの重要アイテムになることが結構ありますが、それを携帯で撮ったビデオレターにしたのは今時だし上手かったです。
 麻衣は、暗証番号を思い出せず、自分の携帯のメールが開けられなかった。あるとき見覚えのある結婚式場の前を通り、中に入ってプランナーと話をしてみると、毎年同じ日(ふたりが出会った日)に予約の延長が繰り返されていることを明かされます。そこで、携帯にその日の数字を入力してみると、尚志が撮り、麻衣に送り続けた動画が何百通も受信される。
 ベッドに眠る麻衣と尚志の自撮り動画、仕事仲間たちとの楽しいやりとり、愛の告白メッセージ撮影中に人が通って赤面する、等々、彼の人となりがわかるクスッと笑える動画の数々。こんなの見たら、もう、大感激で好きになっちゃいますよ。彼に会いに行っちゃうよ。元々好き合って婚約した人なんだから。

 本作のラストは、尚志と麻衣の結婚式。車イスの麻衣が尚志のもとに立って歩み寄るとか、結婚式での印象的なシーンはあるのですが、タイトル通りの「8年越しの花嫁」になるまでの物語は、結婚式のシーンで完結します。
 そして、ラストのタイトルロゴが出る直前のシーンで、尚志と麻衣が初めて出会った時のエピソードが再度スクリーンに映し出されます。麻衣は、お腹が痛いと言っていた尚志にカイロを差し出しました。これこそが、本作における『幸せ』の象徴とも言えるシーンだったわけです。
 難病に冒された婚約者に寄り添うこと、お腹が痛いと言っている人にカイロを差し出すことは本質的には違わない。エンドロールで流れるbacknumberの歌う「瞬き」の歌詞のように、大切な人に降りかかった雨に傘をさすこと、困難に直面したとしても、それを大切な人と支え合い乗り越えよう。

 そしてエンドロールに入ると、シンプルに写真とテロップで2015年に2人の間に男の子が生まれたことだけが明かされます。当然、これ以降もふたりの物語は続くわけで、お子さんの誕生はこの奇跡の物語の新たな始まりの象徴。それをサラッと扱うことで、この映画が現実でこれからも紡がれていく2人の物語へと緩やかに繋がっているんですね。これは本当に憎い演出でしたよ。

 その後のエンドロールでは、実際の映像ではなく、劇中の写真や尚志が麻衣に送り続けた動画のいくつかが映し出されます。結構シリアスな作品のなかで、この携帯動画撮影は、出演俳優の皆さんが楽しんで演じているのが伝わってきて、とても面白いです。

 最後に、本作のモデルとなった実際のご夫婦のこれからを幸多かれと祈ります。
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