川田章吾

アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダルの川田章吾のレビュー・感想・評価

5.0
きたああああああああああああ!
5000000000000000点の作品だ。
エンターテインメントとしてすごく面白い演出で、テーマ性も一貫している素晴らしい作品。

この映画は実際にあった話をドキュメンタリーテイストで作っているため客観的に見えるが、実はかなり主観的な主張の強い作品。それはアイドル(idol)の語源に、「偶像」という意味が含まれているように、アメリカ人の消費したい願望に主人公のトーニャが翻弄されるというものだ。

このテーマは、恐らく、トーニャのライバルであるナンシーからしてみると真実としては受け入れられるものではないだろう。
しかし、トーニャを通して、アメリカの実情を暴くというのが、監督クレイグ・ガレスピーの狙いであるので、真実を語ること自体を目的としていないところは注意だ。
そして、その監督の狙いは見事なまでに成功している。

そもそもこの映画では、トーニャはやることなすこと全て空回りしてしまう。
しかし、その空回りしてしまう原因は、全て外部の要因なのだ。
幼少期には、トーニャの母ラヴォナの虐待。成人になると、ジェフによるハラスメント。得意のスケートでオリンピックの夢に近づいたかと思うと、今度はショーンという妄想狂とジェフが仕組んだ事件に巻き込まれてしまう。(トーニャが関与しているかどうかの真相はわからないが…)
そして、その彼女をアメリカ人の好む役に仕立てようとするメディアや審査員。

トーニャは自分の才能が開花する度に、そうした「社会の求める役割」に足を引っ張られ、苛立ちを覚える。
そのため、本来は一番の被害者であるナンシーが何不自由なくスケートができ、その状況を幸福に思わないという倒錯した嫉妬を駆られている。
逆にそうしたトーニャの嫉妬が、トーニャを執拗に愛していたジェフを焚きつけ、事件の引き金になることは皮肉なものと言える。
トーニャは社会の求める虚構(idol・偶像・虚構)に絡め取られ、自分自身でその虚構を演じる役者になっていってしまう。

こうした虚構が真実に侵食していくという物語は、今敏監督の『パプリカ』では夢を舞台に描かれているが、テーマ設定は同じだ。実際に現代の社会でも、ネットが発達し手軽に情報にアクセスできるようになった一方で、私たちは真実よりも自分たちのみたい願望へのアクセスを求める。
特に、検索エンジンのフィルタリング機能は、広大なネット情報が処理しきれないあまりに、自分に都合の悪い情報を削ぎ落とし、自分の偏見を強化していく最たるものであろう。

そうした虚構の肥大化を、トーニャが起こした事件をきっかけに描いた監督の恐ろしさよ。
また、テーマ設定や脚本だけでなく、トーニャのスケーティングの際のカメラワークは秀逸。スローモーションなど特殊効果を巧みに使うことで、映画でしかできないフィギアスケートの魅力を引き出し、トーニャの加工された美しさを演出している。
特にドローン?を使った長回しは、今できるテクニックを巧みに使っていて、スゴイの一言。

主役のマーゴット・ロビーの演技も最高だし、暴力描写がかわいそうでかわいそうで、トーニャに感情移入しっぱなしだった。そんな不遇な境遇に見舞われても、最後の最後でもアメリカの求める姿を演じようとしてボクシングデビューしちゃうトーニャ………

分かっていても、どんどんトーニャに感情移入し、もう監督の手の内でコロコロと転がされていました。
惚れ惚れする作品!完璧です。
川田章吾

川田章吾