MikiMickle

オン・ザ・ミルキー・ロードのMikiMickleのレビュー・感想・評価

4.5
エミール・クストリッツァ監督9年ぶりの新作‼‼

隣国と戦争中のとある国。肩にハヤブサを乗せた男コスタはロバにまたがり、村から戦地までミルクを運んでいる。飛んで来る銃弾も大して気にせず、自由気ままに。
彼の働く牛乳屋の娘、破天荒で美しいミレナは、終戦と同時にコスタと結婚する事を望んでいるが、コスタにはその気が全くない。
ミレナはまた、終戦したら帰ってくる英雄兵士の兄のジャガとのダブル結婚式も望んでおり、兄の妻にするべく、難民キャンプから非合法で女を買う。異国の美しい中年女性(モニカ・べルッチ)は、ローマから父を探しに来た所、この戦争に巻き込まれてしまったらしい。

結ばれないはずのコスタと花嫁(名前はない)。しかし、初めて会った時からお互い惹かれ合うものがあった。

父親が目の前で斬首刑になり、弟は精神病院へという壮絶な過去を持つ(あくまでこれはさらっと観客に伝えられる)コスタと、
どこに行っても精神的に閉じ込められている花嫁。
過去の自分と今の自分を持つ、傷を負った2人……徐々に愛を感じていく2人。

そんな時、突然の休戦宣言。村の人々は音楽を奏で、全身を使って歓喜の喜びをみせる。
そして戦争の終焉。
ダブル結婚式の準備は着々と進められる。お互いに惹かれ合いながらも、望まない結婚へと。

しかし、終わったと思っていた戦争は終わっていなかった。多国籍軍からの攻撃により、村は滅亡……

生き延びたコスタと英軍に追われる花嫁の愛の逃避行が始まる…

と、書くと、ベタなメロドラマのようなのだけれど、決してそうではない。もちろん愛は一環したテーマではあるのだが…


クストリッツァ監督はユーゴスラビア・サラエヴォ出身。メインの流れと同時に、祖国ユーゴスラビアの内戦と、その中にある一般の人々とを描いてきた人だ。今作もまたしかり(ある国となっているが、ユーゴ問題なのは顕著にみえる)。彼のユーゴを扱った過去作はどんな状況であれども「人間賛歌」をひしひしと感じるものだった。
動物と音楽と喧騒とドタバタとユーモアと幻想に溢れ過ぎる中で、生きている喜びを感じるものだった。

もちろん、今作もそのクストリッツァ節は健在で、
随所に見えるそれらは見ていてニコニコと微笑んでしまう。その喧騒と楽しさなどに思わず涙ぐんでしまう。
はちゃめちゃの幸せ‼真横で隣町との銃撃戦が繰り広げられる中でも、人々はやけに陽気で‼なぜだかのほほんともしていて。日常があって。こんな状況なのに悲しみや苦しみを見せず。休戦の宴など、楽しさと幸せをめいいっぱい感じる。
逃避行もそうだ。緊迫した中でも、愛を謳歌する2人の力の抜け具合に、人生を謳歌する喜びを感じて、笑い泣きをしてしまう。ドリフか‼みたいな笑いもあり、楽しくて愛おしくて‼そして時に幻想的。

しかし、今作は、「人間賛歌」だけではない、痛烈な批判をより強く感じた。そう、クストリッツァは訴えたいのだ、ずっと、ずっと。ユーゴの歴史と悲しみを。知って欲しいのだ。これはその集大成だと思う。
が、あくまで、寓話としての批判。ユーモアというオブラートに包まれた訴え。そこがクストリッツァの本当に素晴らしい所だと思う。
クストリッツァ映画では名名名脇役のわちゃわちゃ騒動の動物たちも、今回は特にその訴えの比喩となっている。例えば冒頭の蛇とハヤブサは弱肉強食の象徴であると思う。蛇を捕まえるハヤブサ。連合軍のヘリが空を飛ぶシーンが直後に映し出される。強き者と弱きもの。しかし、蛇は一方で強き者でもあり、聖書では誘惑と知の象徴でもあり、またコスタの命を救う救世主でもある。それに身を任せた事により助けられたという事は、後のコスタの運命を暗示している。後半の羊たちの衝撃的なシーンは、無残にも惨殺されてきた無垢な人々、流れに翻弄されてきた人々の象徴に他ならない。
書いたらキリがないが、随所にそういった比喩が見られる。花嫁が他国民であるのも、民族間で今も解決しきれていない旧ユーゴ問題を示していると思う。そして、連合軍への批判も。ある者にとってはそれは正義だが、ある者にとっては死にしかすぎない。それも批判している。そもそも、ユーゴ問題があそこまで激化してしまったのは、多国の干渉があったからで…これは無理な結婚を強いられた2人と、その後に直面する悲しい惨殺と逃避行で表されているのではないかと…

と、色々考えたが、こう書くと重いのかと思われるかも知れないが、決して堅苦しい映画では無い‼嫌な気持ちになる映画でもない。前述したように、ユーモア溢れる世界なのだ。彼らが奏でる音楽のように、喜びと悲しみとが混沌とした、喧騒の世界なのだ。
クストリッツァが描く人は、みんななんだか憎めず、例えば命を狙ってくる連合軍の兵士であれ、花嫁斡旋の奴であれ、無理やり妹とコスタを結婚させようとする武力的なミレナの兄であれ、全てが愛くるしい一人間として描かれている。
クストリッツァの優しい目とイタズラ心を通した世界がたまらなく愛おしく楽しい作品。ラスト。切実な余韻…… やはり素晴らしい作品だった。
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