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メランコリア
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『メランコリア』に投稿された感想・評価

3.0
【チャリティシスター対AV監督】
MUBIで意を決してラヴ・ディアス7時間半の作品『メランコリア』に挑戦してみた。

本作は3つのパートに分かれている
・チャリティシスター対AV監督(約3時間)
・アーティスト無双(約2時間半)
・軍人さん森を彷徨う(約2時間)

後半4時間半が要らないのではと思うくらいパートⅠ「チャリティシスター対AV監督」が面白かった。

ラヴ・ディアス映画といえば、毎回籠を持ったパン、バロット売りが現れる。今回は、恵まれない子どもの為に募金を募るシスターが登場。人気のない町を彷徨い「チャリティ フォー チルドレン」とたまに現れる人に募金をお願いする。しかし、人々はそれを無視するのだ。

哀しみに暮れ、トボトボと歩く女の前に綾野剛似の男が出現。「オラに元気を分けてくれ」とシスターに駆け寄る。余りに怪しいので、避ける。すると、「この世は地獄だな。はっはっは」と男は罵声を浴びせるのだ。

しかし、不運なことにシスターは男と再会してしまう。「俺っち、暗闇が好きなんだ。暗闇を前に皆平等になるからだ。」と女に気取って話しかけているとこれと鉢合わせしてしまう。シスターはその女から、募金をゲットする。すると、「オメェは何の為に募金をしている?」と男がシスターに圧迫面接を始めるのだ。

そして、男は、シスターが募金という本質を自分の中に持たずして、町を徘徊していることに漬け込み、自分の仕事であるAV撮影現場へ彼女を連れ込み、「ほれ見ろ、見るんだ!」とセクハラし始める。

ラース・フォン・トリアーさながらの鬼畜さの中に、世の中の欺瞞。表面的な信仰心の危うさを暴いていくラヴ・ディアスの演出、これがメチャクチャ面白かった。

もちろん、後半4時間半も見所十分。謎のアングラ音楽演奏シーンに、フィリピンのMAN WITH A MISSION(?)と思われるバンドと観客の騒乱ライブ、HP1の兵士が血を這い蹲りキノコを貪る、骸骨発掘といったユニークシーンが多く飽きない。

しかし、パートⅠが映画として完成されきっていたので、残りは要らないのではと感じた。確かに最後のセリフ「神はどこにでもいる」を説明するには必要なのかもしれないが。
Omizu
3.8
【第65回ヴェネツィア映画祭 オリゾンティ部門作品賞】
『立ち去った女』で金獅子賞に輝いたフィリピンの鬼才、ラヴ・ディアスの7時間半の作品。3日間かけて完走。

三幕から成り、ゆるやかに繋がっている。一幕目ではラヴ・ディアス十八番の籠を持って歩く女、本作は募金を呼びかけるシスターのリナ、ポン引きのジュリアンの物語で、二幕目は文学者としてのジュリアン、リナのことでジュリアンを責めるアルバータの物語、三幕目はアルバータの恋人であるレナートと仲間たちが森で彷徨ううちに狂気に陥るという物語、そしてエピローグとしてジュリアンとアルバータが再び邂逅する。

いくらでも切れる箇所はあるけど、何故かこの尺である必然性があるように思ってしまう。基本的にフィックスで異常に長いショットの連なりであるのに、飽きないというのはラヴ・ディアスのマジックとしか言いようがない。

ラヴ・ディアスがプロデュースにまわった『マニャニータ』ではやはりそのマジックがなかったのでラヴ・ディアスにしか出せないマジックがあるのだろう。

最近は使っていない手持ちカメラでの主観映像は少し違和感があるが、初期のラヴ・ディアスを垣間見るという意味では一見の価値あり。

やはりアジア的な、森や自然を通した死生観が大きく支配しているように感じた。神はどこにでもいるのに、主要登場人物であるジュリアン、リナ、アルバータ、レナートは救われない。
4.0
【鑑賞メモ】
売春婦。
募金集めの尼僧。
ポン引き。

解像度の高くない、ぼんやりとザラついた白黒映像で、非常にゆっくりと描かれる悲哀と絶望の物語。

7時間半という、かの『サタンタンゴ』を凌駕する長尺。タル・ベーラもびっくり。
接写はほぼなく、基本的に固定ロングショットの長回し、台詞もかなり少ない。
「同じく白黒長回し長尺映画だけど、カメラの動きもズームも接写もある『サタンタンゴ』って、とても賑やかな映画ですね…」とかいう錯覚に陥ってしまう。危ない危ない。

疲れていたらものの数十秒で眠れそうな映画だが、この眠さ、気だるさ、行き場のない陰鬱さこそ、題名の通り本作の真髄な気はする。

フィリピンという国の歴史や社会に潜む、癒やされることのないメランコリア。土着の哀しみが画面から溢れ出ていて、なかなか奇妙な陶酔感があった。

あと例に漏れず、観終わった時の達成感は異常。